なぜ、人は7年で飽きるのか/黒川伊保子+岡田耕一

 

なぜ、人は7年で飽きるのか

なぜ、人は7年で飽きるのか

 

 

 ここ数年、『妻のトリセツ』など脳の性差をテーマにした諸作でヒットを飛ばし続けている黒川さんですが、この本は2007年に出版された、脳科学的な知見をマーケティングに応用したモノとなっています。

 

 そもそもヒトの骨髄液は7年程度ですべて新しいモノに入れ替わるんだそうで、そういう過程の中でヒトの認識というものが循環的に変遷するんだそうで、全体として56年ということなのですが、その中でデジタル期とアナログ期とも言うべき時期があって、機械的な合理性がもてはやされる時期と、その反動で人間的なモノがもてはやされる時期があるということです。

 

 そういう時期の特徴をクルマのデザインを例に取って紹介されているのですが、同じモデルのクルマであっても、デジタル期には直線的なデザインとなっており、アナログ期には丸みを帯びたデザインになっていたということで、時代の気分を反映しているということです。

 

 さらには、デジタル期の絶頂期からアナログ期の絶頂期に向けて、ソフトなものが受け入れられる時期とハードなモノが受け入れられる時期があるということで、その組合せによって、その時期に受け入れられるモノや起こりがちな事件などに共通性があると指摘されています。

 

 ちなみに現在は1999年から突入したアナログ期が2013年に絶頂を迎え、アナログ×ハード期にあたるということのようですが、2013年までの状況を見ていると2011年の東日本大震災の影響はあるにせよ、人と人とのつながりが重視されたりと人間性に重きを置く、アナログ×ソフト期の特徴が顕著に表れていたことが分かります。

 

 こういう長期的なトレンドを抑えておくことは、商品開発などそこそこの時間がかかることに取組むにあたってはかなり重要だということですが、今のところそういう理論を重視しているところをあまり見たことがありませんが、それってちょっともったいなくないですかと思いますが、如何でしょう!?

うらさだ/さだまさしとゆかいな仲間たち

 

うらさだ

うらさだ

 

 

 先日、『やばい老人になろう』を紹介して、さだまさしさんが多くの著名人にかわいがられて、今ご自身が若い人たちを引き立てているということについて触れましたが、この本はさださんと交流のある人たちが、さださんとの交流を語るというモノです。

 

 芸能界だけではなく、最近よく著書を紹介している鎌田先生も寄稿されていますし、一番意外だったのが、堀江貴文さんが寄稿されているということで、ご自身のオンラインサロンにさださんを呼んだりして、結構交流があるようです。

 

 という風に、業界や世代を問わず幅広い交流が伺えますが、フツーは年上に可愛がられる人って、割と年下からのウケが悪かったり、その逆のパターンもあると思うのですが、さださんは年上に可愛がられて年下に慕われるという稀有な存在であるようです。

 

 この本で取り上げられているエピソードでは、拘留の広さの割に素顔のさださんは意外とシャイで人見知りがキツイ部分があるということなのですが、ご自身がそうしてきたように、そこを踏み越えて懐に飛び込んだ人に対しては、これでもか!?というくらいに親身になるということで、多くの人がそういう意味で「大御所らしくない」とおっしゃられていて、そういう飄々とした姿勢は痛快にすら感じます。

 

 もうすぐ70歳になろうかというさださんですが、未だに多くのコンサートや著作、慈善活動と全くと言って活動の衰えが見られないということで、ちょっとカラダへの自愛が必要なんじゃない!?というご意見も多くの人から表されていますが、そういうエネルギッシュなところも人を引き付ける要素なのかも知れませんね!?

50代から、いい人生を生きる/PHP研究所

 

50代から、いい人生を生きる人

50代から、いい人生を生きる人

  • 発売日: 2017/08/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 鎌田先生が目当てで手に取ってみたのですが、かなり豪華な執筆陣でラッキー!という感じですが…

 

 「50代」がターゲットになっているのかなと思いきや、『九十歳。何がめでたい』で知られる佐藤愛子さんや瀬戸内寂聴さん、『置かれた場所で咲きなさい』の渡辺和子さんのパートでは、どっちかというともっと上の世代をターゲットにしているのかなという感じがしました。

 

 全体を通して”今あることを受け入れる”といったトーンが支配的で、50代に突入して数年しか経っていないワタクシとしては、少々戸惑いもあるのですが、やっぱりそういう風に生きて行くのが、老いてから生きて行く知恵なだろうなぁ、とは思います…ただ、まだ「老い」を受け入れるということに現実感を持てないというのが正直なところです。

 

 お目当ての鎌田先生は、2016年に亡くなられた永六輔さんとの対談なのですが、『大往生 (岩波新書)』を書かれた永さんと終末期医療にも関わられる鎌田先生の対談ということで死生観についての深遠な内容なのですが、何分ページがあまりにも少ない!!この対談で1冊作ってもらいたかった!

0から学ぶ「日本史」講義 戦国・江戸篇/出口治明

 

0から学ぶ「日本史」講義 戦国・江戸篇

0から学ぶ「日本史」講義 戦国・江戸篇

 

 

 出口さんの日本史本も『古代篇』『中世篇』に続く第三弾で、近世を扱うのですが、タイトルは『戦国・江戸篇』なんだそうです。

 

 冒頭で、日本の中世が1068年の院政の開始に始まり、中世と近世の境目である、織田信長室町幕府15代将軍となる足利義明を奉じて上洛したのが1568年、そして近代の始まりである明治維新が1868年と、それぞれの分かれ目の年の下2桁が「68」だという小ネタを紹介されています。(笑)

 

 やはり『近世篇』においても、世界史とのリンケージを意識して展開されるワケですが、中世から近世に進むにあたって日本史に大きな影響を与えた世界史上の出来事として、

 

 1.ヨーロッパにおける印刷術の普及と宗教改革

 2.コロン(コロンブス)による新大陸への到達とインド洋における海上権力の空白

 3.石見・ポトシ銀山の開発

 

の3つを挙げられていますが、余程大枠で世界史と日本史を捉えていなければ、なんのこっちゃ!?って感じだと思いますが、これについて実際に手に取ってみて確かめてみてください。(笑)

 

 ただ、石見銀山というのは、現在世界文化遺産に指定されていますが、おそらく日本が世界に与えたインパクトの最大のモノのうちの一つだとされているということで、そのおカネの流れが近世の扉を開いたともいえるようです。

 

 その後、日本が鎖国(出口さんは”鎖国”は「無かったとは言えない」との立場を取られているようですが…)できたのも、当時は銀山や銅山を掘りつくして、ほとんど売るモノがなかったから、諸外国も寄ってこなかっただけの話ともおっしゃっておられるのと、鎖国自体はキリシタン対策と言うよりも、諸大名が個々に貿易をすることで力をつけるのをを防ぐという側面が大きかったことは興味深い指摘だと思います。

 

 また、江戸期の諸改革ですが、享保・寛政・天保の諸改革は、あくまでも朱子学の観点から称賛されているだけのモノで、寧ろ市場経済を停滞させる側面が大きかったようで、そういう意味では、賄賂の悪名高い田沼意次市場経済を根付かせた功労者ともいえるようです。

 

 さらに江戸期は戦もなくなって平穏な時代だったという評価に対し、4度もの飢饉により、そのたびに現在の横浜市の人口程度の死者が出て、戦国時代よりずっと死者数が多かったことを指摘されているのは、ファクトをプレーンに評価しようとする出口さんの面目躍如と言えるのではないでしょうか!?

 

 いよいよ、近代編が楽しみですね!

女子高生アイドルは、なぜ東大生に知力で勝てたのか?/村松秀

 

 

 なかなか挑発的なタイトルですが、この本はNHKEテレの『すイエんサー』という科学番組のディレクターが番組内の企画で、中高生女子で構成されるすイエんサーガールというアイドル予備軍のレギュラー出演者が、東大をはじめとする名門大学を知的ゲームで連破した快挙を紹介したモノです。

 

 元々『すイエんサー』という番組は、科学番組と銘打っているのですが、あんまり理論的なことをどうこうするワケではなく、毎回「バースデイケーキのロウソクの火を一息だけで消したい!」みたいなお題が出て、それに対して出演者であるすイエんサーガールたちが、ああでもない、こうでもないということで色んなことを試して解決しようとされているということなのですが、その中で東大の人工物工学研究センターの教授から挑戦状を叩きつけられて、東大の学生と戦ったのがこの本の発端だということです。

 

 その中で、紙で作った橋の強度を競う「ペーパーブリッジ対決」と紙を使ってより高い構造物をつくる「ペーパータワー対決」で、すイエんサーガールたちが東大生に連勝したのをキッカケに、京大、北大、東北大と名だたる大学からの挑戦を受け、かなりの勝率を収めることになったということです。

 

 すイエんサーガールたちは中学生もいて、そんなに名門校に通っている子たちではないにも関わらずこういう結果となったのは、名門大学の学生たちが課題に対して直線的な思考をするのに対し、すイエんサーガールたちは普段の課題に取組むのと同様、ああでもないこうでもないという「グルグル思考」をしているからだとおっしゃいます。

 

 その「グルグル思考」というモノには、

 

  1.「疑う力」

  2.「ずらす力」

  3.「つなげる力」

  4.「寄り道する力」

  5.「あさっての方を向く力」

  6.「広げる力」

  7.「笑う力」

 

が含まれているということなのですが、ある課題に対して、色んな見方をするということが普段の課題への取組の蓄積でそういう姿勢がすイエんサーガールたちに身についていたということなのでしょう。

 

 名門大学生たちが自分たちの仮説で上手くいかなければ、なかなか修正がウマくいかなかったのに対し、失敗したら次!という姿勢が、課題を解決する上で重要となることもアタマに置いておいた方がよさそうです。

 

 こういう思考法って、以前加藤昌治さんの考具』を読んだ時にそういうことをおっしゃってたなあ、と思い出したのですが、実社会だとそういう実践的な思考の方が使えるんですよねぇ…

 

佐藤可士和の超整理術

 

 

 ユニクロキリンビールといった名だたる大企業のアートディレクションを手掛けたことで知られる佐藤可士和さんが語る”整理法”です。

 

 冒頭で、「なぜ、アートディレクターが整理術を?」とおっしゃられていて、世間的にはアーティスティックなイメージを持たれがちなアートディレクターですが、個人的には数年前に社内のアートディレクションを手掛ける部門音デザイナーの方と仕事をすることがあったのですが、その仕事の進め方があまりにもロジカルなのにオドロいたのをよく覚えています。

 

 特に企業でのアートディレクションなんて、消費者なり取引先なりに”伝わってナンボ”の世界ということもあり、どこをどうしたらどう伝わるのかということについて、色使いやカタチにしてもイチイチ理由があるようです。

 

 そういう意味で、アートディレクターこそが”整理術”を語るのに最も適性があるといっても過言ではないと思うのですが、この本では、

 

 空間の整理…整理するには、プライオリティをつけることが大切

 情報の整理…プライオリティをつけるためには、視点の導入が不可欠

 思考の整理…視点を導入するためには、まず思考の情報化を

 

という三段階で整理していくことで、クライアントの潜在的な考え方を含めて顕在化させ、より効果的なアートディレクションを展開されたことを、ユニクロキリンビールなどの実際に手掛けられた事例をベースに紹介されています。

 

 特に三段階目の「思考の整理」では、ある程度の要求がクライアントからは出てくることはあるモノの、その要求が必ずしもクライアント自身が目指している方向性と直結しているとは限らないということで、色んな視点から見直した上で、それをクライアントに諮り、ホントにそれが長い目で見て、目的と合致しているのかをクドイくらいにすりあわされている様子を紹介されています。

 

 こういう徹底した本質思考こそが佐藤さんがアートディレクターとして多くの企業から支持されている理由なんでしょうし、我々も仕事をする上で、根本的な目的と今やっていることの関連を常に意識していないと、結果につながる仕事にならないんだなぁ、と改めて実感した次第でした。

 

学校では教えてくれない人生を変える音楽

 

 

 河出書房新社が出されている『14歳の世渡り術』というシリーズの1冊で各界の著名人が、ご自身のターニングポイントとなった音楽を紹介された本です。

 

 この本には音楽のプロの方もいらっしゃいますし、聴き手としての立場でご自身のターニングポイントを紹介されている方々もいらっしゃいます。

 

 個人的に一番印象的だったのがピアニストの清塚信也さんのエピソードで、子供の頃からクラシックの英才教育を受けていて、確かにクラシック音楽を愛してはいるのだけれども、同時に憎しみも感じていたということで、コンクールで結果が出ないときなどにそういうアンビバレンツに苦しんでおられたということです。

 

 そういう時期に、クラシックを避けてミスチルマイケル・ジャクソンなどあらゆる音楽を聴いていた時に、ふと聴いた「マーラー交響曲第五番」でクラシックへの愛を思い出したということです。

 

 『14歳の世渡り術』というシリーズだということで、中高生位の世代をターゲットしてかなり多くの本が出版されているようですが、”人生を変える本”みたいなのは結構出版されていると思うのですが、音楽でこういうモノは見たことがありませんが、音楽が単にタイアップの切り売りみたいな感じで扱いが軽くなっているように感じる昨今ですが、たった1曲が人生の行方を左右するほどのポテンシャルがあることを若い世代に啓蒙するのはかなり意義があるんじゃないかと感じさせられました。