「ななつ星」物語/一志治夫


 以前、『幸福な食堂車 ― 九州新幹線のデザイナー 水戸岡鋭治の「気」と「志」
という車両デザイナーの水戸岡鋭治さんとJR九州の取組を描いた本を紹介しまし
たが、その続編と言うわけではないのですが、その後に、JR九州と水戸岡さんが
取り組んだ、九州周遊のクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」の企画段階から、
サービス開始までを描いた本です。

 前作は、水戸岡さんが前面に出ておりましたが、今回は、前作にも登場するJR
九州社長の唐池さんの比重が高まっている、というか、「ななつ星 in 九州」自体、
唐池さんの執念による産物と言えるかもしれません。

 九州に、オリエントエクスプレスのような鉄道に乗ること自体を楽しむような
列車を走らせよう、という企画から始まるのですが、前例の無いコトだらけで、
設計段階から、困難を極めます。
 鉄道の車両の製作というと、どっちかというと安全性や走行性能の優先順位がま
ず高くて、その次に製作のためのコストが着目され、どっちかというと乗客の居住
性の優先順位は比較的低いんじゃないかと思うのですが、その発想を、全く逆転と
言っては言いすぎですが、居住性や雰囲気といった、本来二義的なものに徹底的に
こだわることで、前例の無い製作となり、困難を極めるわけですが、そういう矛盾
をギリギリまで突き詰めて、妥協の無いものを生み出していく過程がスリリングに
描かれています。

 「プロジェクトX」や「匠」って、今は無いモノへのノスタルジアから支持され
た部分もあると思うのですが、まだ、そういったものが日本の「ものづくり」に
脈々と活き続けているということを伝える重要な著作なのかもしれません。