打撃の神髄 榎本喜八伝/松井浩

 

打撃の神髄 榎本喜八伝 (講談社+α文庫)

打撃の神髄 榎本喜八伝 (講談社+α文庫)

 

 

 今や余程の野球ファンじゃないと名前も通じなくなってしまいましたが、かつては長嶋、王と並び称される程の大打者だった榎本喜八さんの評伝です。

 引退後、指導者になる訳でもなくメディアに登場するわけでもなかったので、忘れられた存在となりがちなのですが、時折“歴代のベストナイン”みたいな企画があれば、必ず数人の人が榎本さんの名前を挙げるので、結構気になっていたのですが、いかんせん入手できる情報といえば、かつてスポーツノンフィクションを手掛けていた頃の沢木耕太郎さんの短いエッセイがあるくらいだったので、この本を見つけて飛びつきました。

 元々、プロ野球に入る時点でズバ抜けた素質を持たれていたようですが、その後、王さんを指導することになる荒川博さんから指導を受ける過程で、古武道の考え方を取り入れ、全盛期の1、2年は自他ともに「神の領域」に達したと言われるほどのバッティングを見せたのですが、ケガをきっかけにその感覚を失い、成績はそれなりについてきたものの、その「感覚」を取り戻そうともがき、ついには精神を病んでしまうところまできて、引退を余儀なくされたと言うことのようです。

 大打者としてふさわしい評価が今のファンにまで受け継がれなかったことも残念ですが、その卓越したバッティングのノウハウを指導者として次代に受け継がれなかったことも残念でならない、と痛切に思わされます。