司馬遼太郎エッセンス/谷沢永一

 

 

 開高健の盟友としても知られる文芸評論家の谷沢さんによる”司馬遼太郎”論です。

 

 司馬遼太郎さんを語りたがる人はやたらと居られて、「司馬史観」がどうのこうのということで、やたら持ち上げるか、所詮は小説と切り捨てる歴史学者かのどっちかだと思われるのですが、さすがは生涯論戦不敗を自称する谷沢さんらしい深遠な分析を展開されます。

 

 この本では司馬さんの著作を取り上げて、そのアプローチについて語られるのですが、『国盗り物語』とか『竜馬がゆく』などの代表作はあまり取り上げておられなく(例外は『翔ぶが如く』)て、『播磨灘物語』や『覇王の家』といったシブめの作品を取り上げられております。

 

 というのも谷沢さんは、司馬さんが歴史小説を書かれる上で、とある歴史的な事象にフォーカスするのではなくて、あくまでも人々の日々の営みの結果として生じているんだと捉えて、人々の行動を生み出した思考にフォーカスされていたことを指摘されています。

 

 特に嫉妬を始めとする人々のダークな側面が、結果として歴史の大きな転換点となったことについて、巨大な才能を持ちつつも過度に秀吉の勘気を慮ったが故に、才能にふさわしい成果を得ることがなかった黒田官兵衛や、自身の利用価値を十全に認識しながらも周囲に担がれざるを得なかった西郷隆盛について語られるところが印象的です。

 

 人々の心の動きが克明に歴史として残っていることが少ないことから、小説として創作するしかないことから、そういう部分を敢えて軽く見ようとする歴史家が非難しがちですが、司馬さんが私書簡などから、そういう”欠け”の部分を可能な限り埋めようとしたことはよく知られており、リアルな人の心の動きを再現しようとすることで歴史のダイナミズムを呼び覚まし、人々の歴史への関心をここまで呼び起こした功績を、谷沢さんは指摘されます。

 

 また違った視点で司馬作品を読み返したくなりますので、司馬作品に食傷している人にも読んでもらいたい本です。