10分で名著/古市憲寿

 

 

 最近は社会学者のワクを超えて幅広く活躍されている古市憲寿さんが、ダンテの『新曲』、紫式部の『源氏物語』、マルクスの『資本論』といった12冊の名だたる古典について、それぞれの研究者にそのエッセンスを尋ねることで、10分程度で概要を把握しようという趣旨の連載をまとめた本です。

 

 まあ、この本の意図としてはエッセンスを理解するだけではなく、それをベースに原典を読んでみようということを勧められてはいるんですけどね…(笑)

 

 原典が膨大な『神曲』『源氏物語』、難解とされるアインシュタインの『相対性理論』、ニーチェの『ツァラトゥストラ』といった、かなりとっつきにくいモノを中心に取り上げられているところが助かる向きもあるかな…と思うのですが、この本で紹介されている多くの古典派それでもなかなか手に取ってみようという気が起こらないものがあるのも正直なところです。

 

 そんな中で「神の見えざる手」で知られるアダム・スミスの『国富論』が定説で語られる程、自由経済を強調しているワケではないことや、『古事記』と『日本書記』の性格の違いに基づく差異だったりと、世間で流布されているのと少しニュアンスが異なる内容が語られているモノが散見されるのが興味深い所です。

 

 個人的にやはり興味をそそるのが資本主義の限界への処方箋を提供するとして、最近再評価されつつあるマルクスの『資本論』で、最近出版される多くの『資本論』の解説書で、グローバル化の進展についても語られているなどのマルクスの先見性がここでも触れられていて、さらに興味をソソるところなんですが、それでも原典を手に取ることはないんだろうなぁ…(笑)

「右翼」の戦後史/安田浩一

 

 

 以前、”知の怪人”佐藤優さんと池上彰さんによる『真説 日本左翼史 戦後左派の源流 1945-1960』『激動 日本左翼史 学生運動と過激派 1960-1972』という戦後の左翼についての歴史を辿った本を紹介したのですが、こういう本を見つけたので反対側を見て見るのもいいか、と思って軽いキモチでこの本を手に取ってみたのですが…

 

 昨今、日本の国力の低下が無視できないレベルになってきたこともあって、ネトウヨと呼ばれるネット上でヘイトスピーチ等の排外的な論調を展開する向きも目立ってきているようで、個人的には伝統的な日本の文化の尊重や、天皇制を支持するという意味での”右翼”を自認するワタクシとしても、その自称を多少恥ずかしく思う事象が多々あるのですが、この本を読むとそれどころじゃない思いがするどころか、すぐさまそのカンバンを取り下げたるなってしまうような、空恐ろしい内容でした。

 

 太平洋戦争の敗戦を受けて、政権への影響が強かったいわゆる「右翼」はGHQによって根絶に等しいほどの弾圧を受けるワケですが、やはり天皇制への支持というのは日本人の骨髄にしみこんだ考え方だということもあって、次第に勢力を回復して行くようすが紹介されています。

 

 ただ、その戦後に復活した「右翼」というのが、戦前にテロを多発させた「昭和維新」の信奉者の亡霊がよみがえったかのような、天皇親政の復活ということ以外は、排外主義的なヘイトスピーチだったり、反左翼だったり、敵対勢力を暴力で抑圧しようとする暴力主義だったりと、おおよそ国家観とは縁遠いモノで、単なる悪い意味での愛国心の暴発としか言いようのない勢力で、正直、こういう思想の持ち主が国家にそれなりの影響力を及ぼす人々の中でもかなりの勢力を占めているところに恐ろしい想いがします。

 

 ”知の怪人”佐藤優さんが安倍首相の反知性主義を手厳しく批判されていましたが、そういう人たちって、こういう風に暴発してしまうんじゃないかという危うさを思うと、そういう批判も仕方がないのかな、という気がしますし、こういう思想の危うさを改めて痛感した次第でした。

2020年新聞は生き残れるか/長谷川幸洋

 

 

 政権中枢にも顔が広く、スルドい予測で知られるジャーナリストの長谷川さんが、新聞を中心とした日本のジャーナリズムについて語られた本です。

 

 安倍政権におけるメディア統制が厳しかったこともあって、昨今メディアの政権への目配りが頻繁に取りざたされますが、長谷川さんによるとそういうメディアの姿勢というモノは今に始まったことではなく、そもそもの仕事のやり方からして政権や官僚の意図したように報道するという構造的な問題があるということです。

 

 というのも、大手メディアを中心として多くの記者は官邸や官庁からの発表や、政治家、官僚への取材を元にした報道を行っており、政治家、官僚との良好な関係を維持することが仕事を進める上での最重要事項となっていることもあって、そういう人たちの神経を逆なでするようなことをするのは、仕事上の不利になり、会社としてもいい顔をしないということもあり、「政権のポチ」になることが出世の王道ということになると、敢えてその反対を行くことのインセンティブは、真実を追うという自己満足だけということになり、多くの人はそういう道を辿ることは無いということになってしまうようです。

 

 西欧諸国においては、ジャーナリズムというのは政権の問題点を糺すという役割を担っており、トランプ政権における大手メディアとの激しい軋轢が記憶に新しい所ですが、日本のメディアにそういった姿勢は求められないということになって、単なる権力の広報機関に過ぎないことになると、そんなメディアに存在価値があるのか!?ということになるワケですが、そういった中での救いがネットメディアを中心とした、あまり権力との結びつきの低いメディアの存在を取り上げられています。

 

 フリージャーナリストで週刊ポスト誌での東日本大震災からの復興予算不正流用に関するスクープで名を馳せた福場ひとみさんが、公開情報をベースに取材対象の官僚とは合わずに電話取材のみにて一大スクープを手にした手法を詳細に紹介されており、新たな(本来あるべき!?)報道の在り方を紹介されています。

 

 ネットの普及により、既存メディアのジャーナリズムに対する不信感は今までになく高まっているのですが、ぬるま湯につかり切った大手メディアにその姿勢を改めようとする気配はなく、タイトルのような長谷川さんの危機感はそれなりの現実感があるような気がするのですが、それに気づかずゆでガエルとなってしまうのでしょうか…

 

 

「反日」中国の真実/加藤隆則

 

 

 読売新聞の中国総局長を務められた方が語る中国の「反日」の内幕をまとめた本です。

 

 この本が出版されたのが2013年で、習近平が総書記に就任したばかりの頃だということもあり、随分と中国と日本を取り巻く状況は変化してしまっていて、モノによってはかなり隔世の感のあるトピックもありますが、中国における日本の重要性が著しく低下しているという状況はあるモノの、基本的に中国共産党の「反日」のスタンスは変わりないので、そういう底流に流れる考え方を理解しておくのは意義があることだと思われます。

 

 元々中国人というのは、漢民族を中心としているものの、多民族国家であることもあって国家への帰属意識が低いとされていて、中国共産党としては国力の向上を図る上で国家の一体感の醸成を図る上で、国民の国家への帰属意識を向上していくことが重要だと考えたようで、その一環として「反日」が利用されたということのようです。

 

 元々、中国にとっては朝貢を受けていた日本に蹂躙された経験というのは、飼い犬に手を嚙まれた的な側面もあり、中国にとっては著しく国家としての誇りを傷つけられることであり、そういう日本への反発を醸成することは国家としての誇りを取り戻すという意味で国民の一体感を醸成する重要な手段と言えるようです。

 

 特にこの本が出版される直前に日本による尖閣諸島の国有化に反発する官製デモがあったワケですが、官製ではあったものの結果として、日本への反発という空気を醸成するのにかなり有効だったようです。

 

 面従腹背お家芸の中国人としては共産党反日プロパガンダに同調したように見せながら、せっせと来日して爆買いをしていた過去もコロナ禍によって途絶えてしまい、最早中国人にとって日本はどうでもいい国になってしまうカタチでコトが収まっている状況がいいのか悪いのかわかりませんが、今度は風下に立った日本人の「反中」ということになるのでしょうか…

生き方革命/橋下徹、堀江貴文

 

 

 元大阪府知事大阪市長の橋下さんと堀江さんが、今後の「生き方」について、働き方、お金、居住、学びといった分野ごとに語られた本です。

 

 対談ではなくて、それぞれが各テーマについて語られたモノをまとめたカタチになっているのがちょっと残念な気はしますが、このお二方が好きなように話し始めると収拾がつかなくなるかもしれないので、これでよかったのかも知れません…(笑)

 

 この本では、橋下さんが語られているパートを中心に「流動性」ということが再三語られていて、橋下さんは、昨今の日本の閉塞感というモノが特に「ヒト」の流動性の無さに起因するんじゃないかと語られます。

 

 ワタクシが働き始めた数十年前と比べると転職も珍しくは無くなりましたが、諸外国と比べるとまだまだ人材の流動性は低く、多くの人が長期間ひとつの企業に勤めるという志向がまだまだ高いワケですが、企業としても解雇という手段が取りにくい分、雇用条件を低く設定せざるを得ず、そのことが収入の伸びを阻害していると指摘されています。

 

 確かに安定性には劣るワケですが「ヒトの流動性」を高めることで「カネ」や「モノ」の流動性も高まり、経済が活性化することによって収入の伸びも見込めるということで、あらゆるモノの「流動性」を高めることで日本全体を活性化して行こうというのがこの本のテーマと言えるかもしれません。

 

 あとがきで橋下さんは、堀江さんこそが「流動性」を象徴する存在だとおっしゃられていて、この本でも堀江さんは既存の枠組みにとらわれない「生き方」を提唱されているのですが、従来からおっしゃられている義務教育の撤廃についてここでも語られています。

 

 というのも、そういう流動性の高い生き方をするためには、カタにハマった学びは役に立たないことが多く、それぞれの個人の自分の志向に従って、その志向に役立つことを主体的に学ぶことが必要になるワケで、学びにも多様性が求められるということで、そういう過激なモノ言いになってしまうのかも知れません。

 

 また個々の日本人がそういう「流動性」に対応できるようになることで主体性を取り戻すことになり、改めてクリエイティブな姿勢を取り戻すことで、また日本社会全体が活性化して行くことになるのかも知れません。

 

さらば、欲望/佐伯啓思

 

 

 この本の著者紹介では「思想家」とされていますが、マルクス経済学の研究者であり、経済思想史や社会思想史などの研究家でもある方が、昨今の社会を取り巻く状況についての考察を集めた本です。

 

 タイトルとなっている『さらべ、欲望』というのは、この本を構成する1章のタイトルでもあり、その章では盛んに取りざたされるようになった資本主義の限界について語られたモノになっているのですが、その他にはコロナ禍についてのモノや「民意」について語られたモノなど多岐な分野に渡る論評が収められています。

 

 個人的に特に印象的だったのが、文明論について取り上げられた章の1フレーズで、「あまりに単純化された正義が絶対化されてしまい、反論を許さない。という風潮ができてしまった。」と語られているところなんですが、昨今、ウクライナ侵攻における絶対平和主義的な論調や、安倍元首相が狙撃された時に政治家やメディアが一貫して「民主主義への挑戦」と述べていたのに、モヤモヤしたモノを感じていたのですが、ある意味日本全体が著しく想像力を低下させているということの一現象だったんだと、このフレーズを読んでミョーにナットクさせられてしまいました。

 

 またコロナ禍に関する論評と資本主義の限界についての論評はそれぞれ章が分かれてはいるのですが、コロナ禍というのは資本主義の延長線上としてのグローバル化の限界を示す一現象という論調は聞いたことがあるのですが、この本でもそういう文脈で語られていて、元々マルクス経済学を研究されていたからか、昨今話題になっている『人新世の「資本論」』を思わせる欲望の拡張を促す資本主義の特性に起因する限界論を語られていて、ウィルスが宿主が死んでしまうと生き残れないように、人間は宿主たる自然環境を食いつぶしてしまい、人類も滅んでしまうんじゃないかと述べられているのが、実はコロナ禍というのは重要な警告だったんじゃないかと思わされます。

 

 「思想家」なんて言うと、目の前のことをこね繰り返して何の役に立ってるんだか!?なんて思っておりましたが、こういう風にモヤモヤを払拭してくれたり、目の前の現象について新たな視点を教えてくれたりと、なかなか意義があるんじゃないか!?と見直したくなるような本でした。

私たちは子どもに何ができるのか/ポール・タフ

 

 

 昨今、”親ガチャ”というコトバが取り沙汰されて、親の年収などの格差が子どもの学力の格差に影響を及ぼすことが指摘されるようになり、しかもその格差がどんどんと拡大するようになっているようです。

 

 ただ、その「格差」というのは、これまで重視されてきた学力やIQといった「認知能力」がどうというよりも、そもそも勉強に取組もうとするのに必要な粘り強さ、誠実さ、自制心、楽観主義などといった「非認知能力」において顕著にみられるということで、まずはそういうところに働きかけるのが、「格差」解消の処方箋になるのではないかという仮説の下、様々な実証実験に取り組んでこられた過程をこの本で紹介されています。

 

 どれくらいの年齢で取り組むと一番効果があるかとか、家族を巻き込んで働きかけることによって効果がどのように影響するか、また地域差といったことを踏まえて、かなり長期にわたり広範な取組が行われたということで、ある程度「非認知能力」に働き掛けることの効果が確認できたようです。

 

 特にある程度早い年齢のうちに、近親者が積極的に働きかけることで効果が上がるようで、行政などを中心としたサポート体制を作ることで、相当な効果が上がることが見込まれ、日本においては、人口減少で人材の枯渇が見込まれる中、全体的な学力の底上げが見込まれるこういう施策には大きな意義があると思われますが、如何でしょう!?