「空気」を読んでも従わない/鴻上尚史

 

 

 先日、日本社会の生きづらさの原因を「世間」と、そこで生み出される「空気」に求めて解き解した『「空気」と「世間」』を紹介しましたが、この本は、その内容を小学校高学年~高校生くらいをターゲットに内容をアレンジしたモノとなっています。

 

 内容自体は、ほぼほぼ『「空気」と「世間」』と被っており、紹介しているエピソード自体も、まったく同じエピソードが取り上げられているのですが、説明自体がジュニア世代にもよく理解できるように、噛んで含めるように丁寧に説明されていることと、ジュニア世代に馴染みがありそうな例示がより多く盛り込まれているのが特徴です。

 

 『「空気」と「世間」』では、「世間」の呪縛から逃れる方法として、ひとつの「世間」に拘泥せずに、複数の「世間」に属して、自分が心地よいところをベースにするとか、「世間」を突き抜けて「社会」にアクセスするといった感じで、逃げ場を確保することをススメておられて、この本でも同様の主張が展開されていますが、やはりジュニア世代にとって、そこまで視野を広げることの難しさというのも認識されています。

 

 ただそれでも、クラスという「世間」でイジメにあっていたとしたら、部活とか塾といった別の「世間」に居場所を求めるという手段もあるんだよ、ということをおっしゃられていて、難しい立場に追い込まれた「世間」から逃げるヒントを提示されています。

 

 一番重要なメッセージだと思ったのが、それでも逃げ場がない場合に、「本当の友達とは思ってくれない人たちといつも一緒にいる」ことと「一人でお昼を食べたり、教室を移動する」ことの、どっちがイヤが、ということを自問することだとおっしゃっています。

 

 鴻上さん自身、そういう立場に追い込まれて、一人でいることを選んだ経験があるということなのですが、どちらにしてもツラいことは違いはないのですが、選択肢があるという意識が、最悪の状況を回避することになるかも知れませんし、もっと言うと自死を選ぶくらいなら不登校という選択肢を意識する方がずっとマシなはずです。

 

 ついつい日本人は何か追い込まれてしまうと、自分自身に責任を求めてしまう傾向が強いですが、得てして構造的な原因があることが多く、この本に書かれているような背景を理解することで、ちょっと無責任になってもいいいんじゃないかな、と感じます。

 

 何にせよ、そういう追い詰められた状況になっているジュニア世代の人たちには、是非是非、この本を一読してもらいたいと思います。