さらば、欲望/佐伯啓思

 

 

 この本の著者紹介では「思想家」とされていますが、マルクス経済学の研究者であり、経済思想史や社会思想史などの研究家でもある方が、昨今の社会を取り巻く状況についての考察を集めた本です。

 

 タイトルとなっている『さらべ、欲望』というのは、この本を構成する1章のタイトルでもあり、その章では盛んに取りざたされるようになった資本主義の限界について語られたモノになっているのですが、その他にはコロナ禍についてのモノや「民意」について語られたモノなど多岐な分野に渡る論評が収められています。

 

 個人的に特に印象的だったのが、文明論について取り上げられた章の1フレーズで、「あまりに単純化された正義が絶対化されてしまい、反論を許さない。という風潮ができてしまった。」と語られているところなんですが、昨今、ウクライナ侵攻における絶対平和主義的な論調や、安倍元首相が狙撃された時に政治家やメディアが一貫して「民主主義への挑戦」と述べていたのに、モヤモヤしたモノを感じていたのですが、ある意味日本全体が著しく想像力を低下させているということの一現象だったんだと、このフレーズを読んでミョーにナットクさせられてしまいました。

 

 またコロナ禍に関する論評と資本主義の限界についての論評はそれぞれ章が分かれてはいるのですが、コロナ禍というのは資本主義の延長線上としてのグローバル化の限界を示す一現象という論調は聞いたことがあるのですが、この本でもそういう文脈で語られていて、元々マルクス経済学を研究されていたからか、昨今話題になっている『人新世の「資本論」』を思わせる欲望の拡張を促す資本主義の特性に起因する限界論を語られていて、ウィルスが宿主が死んでしまうと生き残れないように、人間は宿主たる自然環境を食いつぶしてしまい、人類も滅んでしまうんじゃないかと述べられているのが、実はコロナ禍というのは重要な警告だったんじゃないかと思わされます。

 

 「思想家」なんて言うと、目の前のことをこね繰り返して何の役に立ってるんだか!?なんて思っておりましたが、こういう風にモヤモヤを払拭してくれたり、目の前の現象について新たな視点を教えてくれたりと、なかなか意義があるんじゃないか!?と見直したくなるような本でした。