久々に森博嗣さんの本で、ワタクシ、この方の価値観みたいなモノを羨ましいと感じていることもアリ、森さんが語る「諦め」にはかなり興味があって手に取ってみました。
このブログでもよく取り上げる自己啓発本なんかでは、「諦め」というコトバについてネガティブに捉えることが多いのですが、この本では「諦め」というモノのとらえ方から始まって、かなり深遠なコトが語られて、割と「諦め」というコトバがあまり整理されないまま使われているのではないかと指摘されています。
要するにザックリ言えば、「諦め」というのは大きな目的に対する「諦め」と手段や方法論についての「諦め」というモノがあり、自己啓発本なんかで否定的に語られるのは前者にあたるモノなはずなのですが、日頃我々が語る「諦め」の中では両者がゴッチャになっていて、本来前者を「諦め」ないためには、後者の「諦め」を積極的に肯定すべきはずなのに、なぜかネガティブに捉えられることも無きにしも非ずということのようです。
また、前者の「諦め」だけを捉えてみても、ロクにその目的に向けた行動もしていないにも関わらず、なんとなくムリそうだから「諦め」ようかな…みたいなことも多いということで、前半で森さんに「諦め」についての人生相談みたいなモノが掲載されていますが、そういう人に対する森さんの回答がなかなかに辛辣でウケます。
そういう意味で言うと「諦め」というのは高度に戦略的な判断とも言えそうで、そういう判断を下すためにも、自分の中でホントに自分が求めるモノを常に確認しておく必要がありそうで、そういう問いかけを不断に行うことで、より自分のためになる「諦め」をすることができ、より人生を充実させることにつながりそうで、「諦め」というのは人生を充実させるためにも不可欠なモノと言えそうです。