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日本サッカーはなぜシュートを撃たないのか?/熊崎敬

 

日本サッカーはなぜシュートを撃たないのか? (文春文庫)
 

 

 かなりディープに現地に入り込んだ取材で知られるサッカーライター熊崎さんの日本サッカーにまつわるエッセイ集っぽい本です。

 ありがちなタイトルですが、このテーマばかりを取り上げているワケではなく、いろんなネタがちりばめられているんですが、そこかしこにこのテーマにまつわることが書かれます。

 最初の方の記事で、熊崎さん自身がガーナで取材をしている時に、如何に取材の目的を達成することが日本での取材に比べて難しいか、という「非効率性」について語られるのですが、翻って日本では、ほぼ何でも必要なものは、おカネさえあればカンタンに手に入るということで、そのことが日本人サッカー選手が、シュートを撃たずにパスを回すことにつながっているんじゃないか、という仮説を展開されます。

 というのも、アフリカや南米では、何かを手に入れようとして、目の前にあったら手段を問わず手を伸ばさなければ、次にいつ手に入るチャンスがあるかわからない、ということで、サッカーにおいても、シュートが入るスキを少しでも見出したら、迷わず撃つ、というのは、そういう背景故ということもあるんじゃないか、ということです。

 あとは、香川がプレミアで活躍できなかったことの原因として、ジュニア世代から染みついた日本サッカーに遠因があって、基本的に1対1にならないように組織で守る日本の考え方に対し、日本代表の海外組がよく言うように、ヨーロッパでは、まず1対1に勝つことが求められるということです。

 そういう文化的、経済的な背景までもプレースタイルに影響を与えるとは、サッカーとは何と深遠なスポーツなんでしょうか…

 

負けない作法/岩出雅之

 

負けない作法

負けない作法

 

 

 最早負けることが想像しにくくなっているラグビー大学選手権7連覇の帝京大学ラグビー部監督岩出さんの著書です。

 ラグビー部監督の著書って、当たり前ですが基本的にはラグビーの話が中心なことが多いんですが、この本、あんまりラグビー自体の話って出てきません。

 でも、そこに帝京大学の「強み」があるんだな、とナットクさせられます。

 この本の中で岩出さんは、負けるのには自分に原因があって、勝つのには相手に原因があるからだ、とおっしゃいます。

 だから相手との力関係があるので、自分のチカラだでは勝てないんですが、万全の備えをすれば「負けない」ことができるということです。

 まずそのために必要なのは、自分をニュートラルな状態に置いておくだとおっしゃいます。

 「勝ちたい」とチカラを入れるのではなく、「負けたらどうしよう」と怯えるのでもなく、試合に際して自然体の自分であることをよし、とします。

 ちょっと禅問答チックで、ホントにこんな精神論的なことで勝てるのか?と思われる向きもあるかも知れませんが、岩出監督がスゴイのが、こういうココロの部分の準備を個人に依存するのではなく、組織としてシステマティックに動くように制度設計を行い、それを定着させて結果につなげていることでしょうか…

 フツー大学の体育会っていうと、4年生は「神」で、下僕たる1年生がカイガイしくお世話をするという感じだと思うのですが、帝京大学ラグビー部では逆で、4年生が、環境になれない1年生がとりあえずラグビーに集中できるようにサポートするということです。

 このまま帝京が勝ち続けるのもオモシロくない気もしますが、かといって早慶明といった伝統校がデカい顔をするのももっとオモシロくないので、今後とも頑張って欲しいモノです!

 

ビートルズとボブ・ディラン/中山康樹

 

ビートルズとボブ・ディラン (光文社新書)

ビートルズとボブ・ディラン (光文社新書)

 

 

 このブログでは、一応自己啓発と言うか、自分を高めるのに役立つ本を紹介するということで、スポーツならそういう側面もあるか、ということで、割と頻繁に紹介しているのですが、もう一つのワタクシのディープな趣味である音楽に関しては、そういう要素があまりないかな?ということでこれまで紹介してこなかったのですが、ボブ・ディランノーベル文学賞を取ったからというワケではないのですが、禁を破って紹介してみます。

 この本の著書の中山康樹さんは、元々ジャズの雑誌である『スイングジャーナル』の編集長を勤められたこともあって、ジャズの書き手として著名だったのですが、次第にロック関連の著作も多く手掛けられるようになって、この本につながったようです。

 冒頭で、60年代はビートルズボブ・ディランの時代だった、とストーンズのファンを無視した発言をされていますが、まあ、この本の主題へのネタフリということでなんですかね…

 この本で、ビートルズのメンバーとボブ・ディランの、ワタクシが思っていたよりずっとディープな交流が描かれるワケですが、似た者同士故に、強烈に惹き合ったり反発し合ったりを繰り返す、ジョン・レノンボブ・ディランの関係性であったり、その後長く友好関係を続け、最晩年には共にトラベリング・ウィルベリーズで活動を共にするジョージ・ハリソンとの関係が描かれます。

 でも、何といってもビートルズボブ・ディランとの交流により、その詩作に深みを加え、ボブ・ディランビートルズとの交流で、サウンド面でロックへのアプローチを見出すなど、両者の交流がなければ、その後のロックが、ここまで豊かな発展を遂げなかったんじゃないかも…と思える程のインパクトがあったということを、改めて明らかにします。

 今まで解りきってると思っていた、ビートルズボブ・ディランのクロニクルですが、両者をこんな風に絡めて紹介することで、こんなに新たな発見があるとは思いもしませんでした!

 すべてのロックファンに手に取って欲しい本です!

 

定年後 年金プラスひとの役に立つ働き方/杉山由美子

 

定年後 年金プラス、ひとの役に立つ働き方 (朝日新書)

定年後 年金プラス、ひとの役に立つ働き方 (朝日新書)

 

 

 リタイアした後、如何に充実した生活を送るか?ということなのですが、必ずしもそれは「お金」を第一義としたものではなくて、「必要とされること」それ自体が、リタイア世代に取って一番重要なことなんだろうなあ、と感じさせる本です。

 そういう「必要とされる」生き方について、かなり多くの例を紹介されているわけですが、ワタクシ自身も50代目前なんで、最近こういう内容に、興味を惹かれざる得なくなっているわけですが、こういうショーケース的なモノを見て、どれかグッとくるものを深掘りしていかないといけない時期にあるんだな…という
ことを痛感して、それに向けた具体的な準備に着手しないといけない時期にあるんだな、ということを痛感させられます。

 

ちょいブスの時代/常見陽平

 

ちょいブスの時代 ~仕事と恋愛の革命的変化 (宝島社新書)

ちょいブスの時代 ~仕事と恋愛の革命的変化 (宝島社新書)

 

 

 常見さんが「恋愛論」を語ります。

 「ちょいブス」って、ビミョーに強烈な表現ですけど、最近美人よりも、むしろ「ちょいブス」がモテるそうです。

 その象徴的な出来事として、AKB48の総選挙で「ちょいブス」の指原莉乃さんが「正統派美人」の渡辺麻友さんを下して1位に輝いたことを挙げられています。

 まあ、指原さんが「ちょいブス」というところに異論がある人もいるかも知れませんが、それよりも「美人」よりも「ちょいブス」には、実は優位性があるということを指摘されています。

 というのも「ちょいブス」は「美人」と比べて、恋愛において容姿の面で劣位にあることを認識しており、その不利を埋めるための努力を怠らないのに対し、「美人」は自分の容姿の良さにアグラをかいて、自分を向上させようとする努力をしない傾向にあるということで、その部分については「ちょいブス」に優位性があるということです。

 それでも、ワタクシの若き日であるバブルの時代は「ちょいブス」の健気な努力なんて、あっという間に吹き飛ぶほど「美人」の容姿の優位性に重きを置く人が多かったワケですが、段々と経済が後退したからなのか、分不相応な恋愛をしようとすることに疲れたと言うか、ムリをせず等身大の恋愛をしようとする志向が高まったからか「ちょいブス」の強みがクローズアップされてきたようです。

 この本のあとがきの更に次のページにある最後のフレーズが秀逸で、電車の中で読んでて、思いっきり吹き出してしまって慌てたのですが…一応、皆さんが読まれた時に、新鮮な反応ができるように、ここではネタバレしないでおきますね!(笑)

 

 

悩みどころと逃げどころ/ちきりん、梅原大吾

 

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

 

 

 社会派ブロガーのちきりんさんと世界ナンバーワンのプロ格闘ゲーマーの梅原さんによる異色の対談です。

 タイトルは一応こうなってますが、全体として流れているテーマは「学校的価値観への不信」ということで、片や「学校的価値観」と関係なく、腕一本で今の地位を築いてきた梅原さんと、片や「学校的価値観」の勝者としてのステップをある程度のぼりつめた後にそこから降りたのちに成功者となったということで、あんまり話がかみ合わないのかな…と思いきや、現代では「学校的価値観」に基づいて社会を渡り歩いていけるような人材を育て上げることは不可能だ、と言う認識で一致されているようです。

 というのも、勉強してそれなりの大学へ行って、それなりの会社へ行っても、もはや何らの保証もない上に、そういう画一的な視点に縛られて、むしろ「生き抜く」知恵を授けられないまま放り出されることになってしまいかねない、ということで、ちゃんと自分で考え抜く、チカラを身に付けていくよう、自分なり周囲の人なりが意識していかないといけない状況のようです。

 それにしても、最後の方でちきりんさんもおっしゃっていますが、梅原さんの考え方って、本質的でスゴいですよ!

 

50代から強く生きる方法/佐藤伝

 

 

 「強く」生きるとありますが、どっちかというと、50歳代に達した人たちが、如何に自分の置かれている状況にウマく馴染むか、といったことに主眼が置かれた本のように思えます。
 
 この本のメインのターゲットは、これまで企業の最前線でバリバリ活躍されてきて、50歳代になって、ちょっと限界を感じるようになった人なんでしょうか…

 そういう人たちって、50歳代だからというワケではないんでしょうけど、なにか報われない思いを抱く人が少なくないようなのですが、50歳代以降は、そういう、「俺が俺が!」と言うのではなくて、「生かせてもらっている」ということで、ある意味流れに身を任せるような生き方に転換する方がシアワセなんじゃないか、ということのようです。

 まあ、言わんとすることはよく理解できるんですが、ワタクシ自身、そういうバリバリ系じゃないので、この本に書かれているような生き方への転換に向けての適性って、バリバリ系の人より高いような気がするのですが、それにしても50歳でここまで老成してしまうのってどうなんですかね?と、ちょっと待ってよ!と言いたい気はするんですけどね…