日本語はなぜ美しいのか/黒川伊保子

 

日本語はなぜ美しいのか (集英社新書)

日本語はなぜ美しいのか (集英社新書)

 

 

 『妻のトリセツ』の黒川さんの2007年の著書です。

 

 先日、マーケティングに関する内容を扱った『なぜ、人は7年で飽きるのか』を紹介しましたが、昨今男女の脳機能の性差に関する著書で一世を風靡している黒川さんですが、かつては様々な分野で、脳機能に関する著書を出版されていたようです。

 

 現時点でこのタイトルを見ると、昨今ありがちな右翼的な日本礼賛本かと思ってしまいますが、13年前の出版ということでそういうことではなさそうで、趣旨としては日本語の礼賛というワケではなくて、母語の脳への作用についてが主題になるかと思われます。

 

 母国語というのは、その国の社会における人々の営みから練り上げられた基本的なコミュニケーションというモノがあり、コドモは母親とのコミュニケーションを通じて、社会におけるコミュニケーションのベースを形成していくようで、そういう意味で母国語を習得しつつ、処世についても学んでいるといえそうです。

 

 そんな中で、実際の行動と語感のイメージが一致していることが、そのコトバの示す内容を体感的に理解できるということで、母音の比重の高い日本語は、脳科学的にその一致の割合が高いということで「美しい」言語だとされることが多いということです。

 

 十二歳までは、そういう基本的な価値観を形成している時期だということで、黒川さんは小学生の英語必修化には大反対されていて、特にアーティスティックな分野を志向するコドモにとっては、かなり大きな悪影響を与えてしまいかねないということです。

 

 昨今はコミカルな語り口がおなじみの黒川さんですが、この本ではかなりロジカルなわかりやすさが印象的で、言語の果たす役割がかなり理解しやすい内容となっています。

空気は読まない/鎌田實

 

空気は 読まない

空気は 読まない

  • 作者:鎌田 實
  • 発売日: 2010/02/26
  • メディア: 新書
 

 

 この本が出版されたのは2010年なのですが、2007年に流行語大賞にノミネートされた”KY”の流行に呼応して執筆されたモノかと思われます。

 

 ”KY”であったり、”忖度”であったりと、とかく日本では言外の意味を読み取ることを過度に求められる傾向が強いですが、「空気を読む」というのは、コミュニティの結束を図るとか、秩序の維持を図るとか一定の役割を果たしているのは間違いないんでしょうけど、それが構成員のシアワセにつながっているのかというと、”忖度”が元で公文書の改ざんを強いられた挙句、自死を強いられた財務省近畿理財局の職員の方の礼を上げるまでもなく、否定的な側面が少なくありません。

 

 ましてや、新たな価値を生み出すイノベーションという意味では、「空気を読」んで、既存の価値の維持に汲汲とすることが、トレードオフ的な位置づけとなってしまうのは、想像に難くないことでしょう。

 

 この本では、”KY”とそしられることを恐れずに自身の価値観に従いシアワセを求める様々な姿が紹介されますが、自分がホントに望むことがちゃんと認識できていれば、それが如何に多数の人のモノであっても、他人の価値観に従うことのバカバカしさは言うまでもないでしょうし、そういう”当たり前”の価値観を改めて思い返させてくれるモノでした。

知っておきたい日本の神様/武光誠

 

 

 近年、ウチのヨメが寺社参りがマイブームで、ワタクシも時折お付き合いをしているのですが、神道のことって意外と知らないんですよねぇ…ということで、こんな本を見つけたので手に取ってみました。

 

 神道と言うと、元々土着的というか自然発生的なものであるはずなのですが、日本では天皇家という”権力”との結びつきが強いということもあって、それなりの権威づけという側面もあって、しきたりみたいなモノが整備されているのはモチロン、神社の序列なんかもかなり細かく設定されているようです。

 

 よく見かける、稲荷神社や諏訪神社八幡神社など、なんとなく御利益というか、祭っている神様を見聞きしていることがあると思うのですが、ビミョーに誤解していることが多いということで、この本の中でかなり系統立てて紹介しているので、由来みたいなものが非常によく理解できます。

 

 この本で紹介されているモノを踏まえて、また参拝に役立てたいと思います。

大・大往生/鎌田實

 

大・大往生

大・大往生

  • 作者:鎌田 實
  • 発売日: 2013/07/03
  • メディア: 単行本
 

 

 冒頭で鎌田先生は「ユーモアをいっぱいにあふれさせて死を語ってみたいと思った。」とおっしゃっておられて、如何にして「死」と向き合うかについて語られています。

 

 鎌田先生自身、緩和ケア病棟を立ち上げられたこともあって、多くの患者さんを見送ってこられたとのことですが、平均的な日本人は「死」をあまりにも遠ざけて考えすぎていて、医療機関でも生命を維持する方向に手を尽くしてしまいがちですが、それが必ずしもシアワセな人生の幕引きにつながるのかというと、どちらかと言うと逆に振れてしまうことが多いのではないかとおっしゃいます。

 

 例えば生命維持ということで胃瘻などをしてしまうと、患者さん自身もツラくなりますし、周囲の人にかける負担を考えると、かなりビミョーな選択になってい舞いかねません。

 

 やたら長く生きることに執着するのではなくて、限られた人生を如何に充実させるかという方向に振ることによって、多少人生が短くなったとしてもシアワセに生きることができることが多いということで、鎌田先生がおられる諏訪中央病院では、そのために終末期の患者を自宅で看取るようなサポートも積極的にされているということです。

 

 あくまでそういう選択も、患者さん自身が自分で「死」と向き合って、心底願った結果の選択だからこそシアワセで充実した「死」を迎えることになるのであって、そのためにしっかりと「死」と向き合うことが必須なんだとおっしゃいます。

 

 だんだん日本の医療のそういう方向に向かいつつあるようですが、個々人の意識もそういう方向を向いていかないといけないですね!?

さよならは小さい声で/松浦弥太郎

 

さよならは小さい声で (PHP文庫)

さよならは小さい声で (PHP文庫)

 

 

 先頃、狂ったように著者ループモードに入っていた松浦さんのエッセイですが、これまで紹介してきた人生論的なモノとは離れて、ちょっとロマンチックなモノが多くなっています。

 

 タイトルからしてそういう感じなのですが、このエピソードは松浦さんが小学生の時の保険のセンセイとのエピソードなんだそうで、ちょっぴりロマンチックな色彩を帯びたモノとなっています。

 

 ご自身の恋愛だけではなく、ふと魅力を感じる女性を色々と紹介されているのですが、女性の好みが松浦さんらしいなぁと思わされるのは、目の覚めるような美女というよりも、さりげない美しさの人を好まれているように思えます。

 

 そういうさりげない美しさというのは、松浦さんが再三人生論的なエッセイで繰り返し語られているような、丁寧な生き方をされていることに由来があることを匂わせておられます。

 

 確かに、年齢に関わらずそういう内面から滲み出るような美しさを持つ女性をごく稀に見かけますが、そういう人こそ長く愛されることになるんでしょうね…

大丈夫!キミならできる!/松岡修造

 

大丈夫! キミならできる! ---松岡修造の熱血応援メッセージ (14歳の世渡り術)

大丈夫! キミならできる! ---松岡修造の熱血応援メッセージ (14歳の世渡り術)

  • 作者:松岡 修造
  • 発売日: 2012/08/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 先日『学校では教えてくれない人生を変える音楽』を紹介した『14歳の世渡り術』という中高生向けのシリーズにこんな本があったので手に取ってみました。

 

 松岡修造さんと言えば、そういった年代にテニスを教えたりしているので、色々と悩んでいるのを目の当たりにされていると思われるのですが、ご自身もまだオトナとは言えないとおっしゃられていることもあって、どこか同志に語っておられるような気すらします。

 

 修造さんは、この年代は何らかの”モヤモヤ”を抱えていることがフツーだとおっしゃっておられて、それこそが正しい方向に向かおうとしている兆しのようなモノだとされているのですが、ただそこでメンドくさくなって悩むのを止めてしまわないで、しっかりと向き合うようにすることで、自分の目指す方向性が見えてくるとおっしゃられています。

 

 日本の教育では、往々にして”正解”を求めさせるような方向性をススメるようなカタチになってしまいがちで、周囲のオトナも、すぐにソッチに向けたアドバイスをしてしまいがちですが、その時点でしっかりと自分と向き合ってもらうことこそが必要な過程なんだということです。

 

 ウチにもちょうどこの本がターゲットにしているムスメたちがいますが、長女は多少落ち着いてきているものの、次女は修造さんがおっしゃられている”モヤモヤ”を抱えている最中のようで、親としては色々とチャチャを入れようとしてしまいますが、ガマンして見守ってあげた方がよさそうです…

限界の正体/為末大

 

限界の正体 自分の見えない檻から抜け出す法

限界の正体 自分の見えない檻から抜け出す法

  • 作者:為末 大
  • 発売日: 2016/07/27
  • メディア: 単行本
 

 

 現役時代「侍ハードラー」との異名で知られ2001,2005年の世界陸上においてメダルを獲得され、日本の陸上トラック競技では数少ない世界大会のメダリストである為末さんが語られる「限界」についてのお話です。

 

 よく、”限界というのは自分が作り出すものだ”と言われますが、じゃあそうすればそういう呪縛から逃れられるのか、というのがこの本の主題となります。

 

 日本人が100mでなかなか10秒台を切れなかったのですが、桐生選手が10秒を切った後に続々と9秒台の記録が出たように、あるブレイクスルーの直後にどんどんと記録更新が出てくるのは色んな競技で発生するようで、そういう固定観念的なシバリもあるようですが、そういう呪縛についても語られます。

 

 また、同競技のあこがれの存在だったり、自分自身の成功体験など、競技力の向上に役立つと思われるモノであっても、意外と心理的な「限界」を形成する要因になっているものがあるということを指摘されているのにオドロきます。

 

 そういう心理的な障壁を乗り越えるには、できる限り自分を取り巻くモノから目を遠ざけて、目の前の課題に集中して、それを克服することに専念することが有効だとおっしゃれられていますが、社会的なイキモノである人間にとってはなかなか高いハードルだと思わざるを得ません。

 

 ただ、世界の頂点に立つようなアスリートは、わき目も振らず、自身の競技力の向上に集中できるという”才能”を備えているという側面についても指摘されています。

 

 為末さん自身も、自分自身が超えられたハードルと超えられなかったハードルを思い返されていて、あるべき姿に言及されていますが、あまり周囲を気にし過ぎないことも、それはそれで自分の成果をあげる上での障害になることもあるようで、如何にバランスよく対処していくのかが課題となりそうです。

 

 ”限界”という心理的な側面が大きな影響を及ぼす事象について、かなり普遍的な分析をされていて、トップアスリートだけではなく、現状に行き詰まりを感じている人にとって得る所の多い本なんじゃないかと思います。