サクサクわかる現代史/青木裕司、片山まさゆき

 

 

 河合塾の名物世界史講師として知られる青木さんが、麻雀を題材にしたマンガで知られる片山さんのマンガに乗せて、第二次世界大戦以降の世界史の大きな流れを紹介した本です。

 

 大きく分けて、パレスチナ紛争を中心とした中東情勢と、ソ連の勃興から冷戦構造~ソ連の滅亡、それ以後のアメリカ中心の世界という構図を、世界を学校のひとつのクラスという位置付けで、各国をアメリカくんだったり、ソ連くんだったりという個人になぞらえて、アメリカくんとソ連くんが”番”を張りあうといった構図になぞらえて語られています。

 

 確かにこうやって語ると抜け落ちるモノは多々あるのですが、何よりもキモとなるストーリーのコアの部分はきっとこれで忘れないような気がしますし、あとは個人的な努力で肉付けしていければ、かなり世界史Aの内容は抑えられるんじゃないかという気がします。

 

 また、仲間の取り込みとか、囲い込みとか、世界の具に愚にが覇権争いでやっていることというのは、クラスの勢力争いと全く変わることは無さそうで、国際連合のことを「番長連合」としているのは言い得て妙で、本質を突いたものと言えるかもしれません。

 

 当初、シリーズ化も視野に入れられていたようですが実現することはなかったようで、実現していたらかなり高校生の世界史の成績アップにつながっていたんじゃないかと思うと残念でなりません。

 

 一見バカバカしく見えるところも否めないのですが、一読して得られる成果はそんなにバカにしたもんじゃないと思いますよ!

ウチダメンタル/内田篤人

 

 

 長らくサッカー日本代表の右サイドバックを務められ、シャルケ時代にチャンピオンズリーグベスト4まで上り詰め、現時点で最も高いレベルのサッカーを体験し、昨年度重なるケガもあり、惜しまれながら現役を引き、現在はテレビで引っ張りダコの内田篤人さんが、ご自身の経験を通してメンタルについて語られます。

 

 ご自身では、特段メンタルが強いとは思われていないようなのですが、周囲の人たちの内田さんのメンタルに対する評価はかなり高いようで、CL準決勝で対戦した当時レアルマドリードの監督をしていた世界的名将ジョゼ・モウリーニョから、シャルケで最もプレーが計算できる選手という賛辞を得たということです。

 

 内田さん自身は、メンタルを強弱という捉え方はしていないようで、例えばローテンションに見える人でも、自身のメンタルの振れ幅が少なければ、世間的にはいうメンタルが強い、ということになると捉えられているようで、その一例として元日本代表の遠藤保仁選手のメンタルの安定性を評価されています。

 

 ご自身もドイツでのプレー以降メンタルの安定性が向上したようですが、2010年の南アフリカW杯において、本番でスタメンから外れた際のメンタルの下振れについて言及されており、如何にしてメンタルを安定させるかということについて、その後取り組まれたことを紹介されています。

 

 押しなべていえば、自然体というか、ムリをしないということがメンタルの安定につながることが多いようですが、内田さんのように大きな舞台に挑むときでもそういう心境でいれるというのがスゴイことなんじゃないかと思ってしまいます。

 

 後は、内田さんが憧れていたという中田英寿さんや、因縁のある南アW杯の時の代表監督である岡田武史さんとの対談、また日本代表での元同僚たちからのイジリなど、盛りだくさんで色んな側面から楽しめる内容となっております。

戦後日本が失ったもの/東郷和彦

 

 

 太平洋戦争を終戦に導いた外相東郷茂徳を祖父に持ち、父も兄も外交官という外交一家に生まれ、自らも”知の怪人”佐藤優さんの上司として共に北方領土問題返還に取組んだ東郷和彦さんのエッセイ的な著書です。

 

 東郷さんが外交官として世界の様々な国々を見られてきたご経験を通して、時折帰国をするたびに日本を見て、何か大事なモノを無くして行っているという感覚があったということです。

 

 東郷さん自身が着任前の語学研修で英国に滞在した際に、豊かな自然と、それと調和して生きる人々の姿をみて、それをご自身の「原点」だとおっしゃっていて、かつて日本は共通するような志向を持っていたはずだとおっしゃいます。

 

 それが、戦後経済発展を急ぐがあまり醜いコンクリートに覆われた国土にしてしまったことに大きな悔恨を抱かれているようで、自然豊かな国土を取り戻そうという動きをされているということです。

 

 この本が出版されたのは2010年ということで、「失われた○十年」の真っ最中だったわけですが、確かに一旦経済的には豊かになったけれども、殺伐とした世の中になり、その上経済的な繁栄まで失われてしまうと何も残らないんじゃないか、という危機感をいだかれていたんじゃないかというところもあり、豊かな心を取り戻すことが、ある意味国家の再興につながると思われていたような気がします。

 

 コロナ禍で一旦停滞してしまったモノの、インバウンドに向けた観光資源掘り起しの中で、そういう部分の再評価はある程度進んでいることもあり、多少マシになったんじゃないかと思える部分はあるのですが、コロナ禍での停滞により、それが逆行しなければいいな、と感じた次第です。

若者たちのニューノーマル/牛窪恵

 

 

 若い世代の消費トレンドについて多くの著作があり、「親ラブ族」などのコトバを生んだことでも知られるマーケティングライターの牛窪恵さんが、コロナ禍における「Z世代」と言われる昨今の大学生の生態を物語仕立てで紹介された本です。

 

 アラフィフの会社員が映画『転校生』や『君の名は』のように、自分の息子と入れ替わってしまって、Z世代としての生活を体験した様子を紹介する形を取って、牛窪さん自身がコロナ禍で実施した取材やインタビューを通じてZ世代の考え方や嗜好を紹介されています。

 

 その少し上の「さとり世代」が、かなり内向きの仲間内志向だったのと比較すると、Z世代はかなり社会性があるようで、それなりに積極的に会社の行事などへの参加の意図も示しているのが多少意外ではありましたが、その「意図」というのはあくまでも自分にプラスになる範囲で、ということのようで、かなり割り切った関係性を志向しているところがあって、我々以上の世代からすると二面的にも見えてしまう所もあり、50歳から21歳のカラダになってしまった主人公の戸惑いは同世代であるワタクシにも理解できます。

 

 またさとり世代同様、仲間内のつながりは重視するものの、あまり深い関係になり過ぎて傷付け合ってしまうことを警戒しており、あまり踏み込まず、適度な距離感をもった関係であるのは、如何にも…という気がします。

 

 ただ、かなり社会のおける自身の役割というものを強く意識しているのが印象的で、いささか繊細過ぎるきらいはあるものの、ナチュラルにこういう高い意識を持った世代が次世代を担うと思うと、ちょっと楽しみな気がしました。

内村光良リーダー論/畑中翔太

 

 

 テレビのバラエティ番組を多く手掛けられている博報堂のディレクターの方が、内村光良さんについてリーダーとしての側面から語られた本です。

 

 内村さんは多くのレギュラーの冠番組をお持ちなだけでなく、ここ数年連続で紅白歌合戦の司会を務められるなど、日本を代表する芸能人のおひとりだと思うのですが、これだけの成功を収められている秘訣を、リーダーとしての資質から語られています。

 

 まあ、あれだけの成果を収められているワケですが、「大御所」といっても差し支えないのですが、内村さんはそういう大物感を全くと言っていいほど感じさせないということなのですが、そういうところを有望な若手芸人やスタッフが慕っておられるようです。

 

 「大物感がない」というところにはいくつかの要素があって、まず1つめは、あれだけの成果を収めているにもかかわらず、相変わらず、スタッフや出演者の誰よりも「汗をか」かれているということで、あれだけの大物が骨惜しみをせずにガンバっていたら、そりゃ周りは手を抜けないですよねぇ…でも、だからといって「俺についてこい!」というワケでもないようで、自然に内村さんについて行こうとガンバってしまうようです。

 

 2つめの要素としては、相手の立場に分け隔てなく接しておられるということで、番組の構成などを若手のスタッフにも意見を求めたりするそうで、あんな大物にそれだけ尊重されたら、そりゃヤル気出ますよね…あ、そういう時内村さんは、ちゃんと名前を憶えて、名前で呼んでいるようで、そういうのも染みますよね!?

 

 また、内村さん自身が、如何にいいモノを作るかということを、ご自身が楽しんで取り組まれているということで、それに周囲が巻き込まれて、一緒になって盛り上がって前向きにいいモノを作ろうという空気が醸成されているようです。

 

 という感じで、手放しで礼賛されているという感じなのですが、ワタクシも結構いろいろと内村さんの番組を見ていて、そういう礼賛が大げさだとは感じないところがスゴイところで、令和の新たなリーダー像だとおっしゃられているところもナットクなのですが、こういうリーダー像ってそうカンタンにはマネできないですよねぇ…

内側から見た「AI大国」中国/福田直之

 

 

 朝日新聞の中国特派員の方が、中国におけるAIの発展とIT分野におけるアメリカとのせめぎあいについて紹介された本です。

 

 コロナ対策でも明らかになったように、中国では目的を果たすためには人権が大きく制限されることがあって、そういう現象がAIの分野でもかなり顕著になっているようです。

 

 AIは5Gと並んで、今後のIT分野の覇権を占う上で、かなり大きな影響を及ぼす技術分野で、AIの実用への適用という分野で現在、欧米と比べてかなりのアドバンテージを持っているということです。

 

 というのも中国では欧米とは異なり、顔のデータなど個人情報に関わるデータを集めることがかなり容易で、そういうデータの収集により、AIを実用化できる分野がかなり広範に及んでいることが、AIの実用分野での目覚ましい進化に貢献しているということです。

 

 コロナ禍でもAIの活用がすすめられたようですが、さすがに肺の症例のビッグデータを活用したコロナ観戦の早期発見という取組には、データの収集に抵抗があったようですが、コロナ感染の追跡に監視カメラのデータが使われて、かなり詳細に個人の行動履歴が追跡されたりしたようです。

 

 ただ、こういう目覚ましいIT分野での進化について、さすがにアメリカが座視しているワケにはいかず、中国への技術要素の輸出禁止などで対抗しつつあります。

 

 特に中国では高度に集積された半導体の製造技術が整備されておらず、台湾メーカーに依存していることを狙い撃ちされて、半導体の調達に苦慮しているということで、かつての日米の半導体について紛争が繰り返されているということです。

 

 果たして、日本の時と同じように進化を妨げられるのか、活路を見出してさらなる進化につなげるのか…日本としても、なかなか難しいかじ取りが求められそうです。

メモ活/上阪徹

 

メモ活

メモ活

Amazon

 

 ひと頃、現在中学3年生の次女が自己啓発本にハマった時にねだられて買ったのですが、思い出したように手に取ってみました。

 

 メモの効用というのは、自己啓発本というかビジネス書というか実用書というか、そういう本で散々取り上げられていますが、割と”どう活かすか!?”というところにフォーカスが置かれていて、自分が使いたいエリアでメモを活用するということを念頭に置いた本のように思えます。

 

 基本的に人間というのは忘れるようにできている生き物だということで、目の前に起こっていることを片っ端からメモして行った方がいいということなのですが、単なる備忘録というだけではなく、備忘的なメモであっても、それを一旦メモに落としておくことによって、外部記憶に書き出したPCのごとく、その分の他の仕事ができるとか、書き溜めたメモを組み合わせて新しい発想を生み出せるとか、メモがそのまま企画書や報告書の素材となるなど、かなり応用範囲の広いモノであることが理解できます。

 

 特に、後に活用しようとおもったら、自分がどう感じたか、といったような所感みたいなメモを多く取ると、かなり立体的というか、顔の見える企画書だったり報告書だったりという文書を作れるということで、読み手に取って理解しやすかったり、感情移入がし易かったりというメリットがあるようです。

 

 また、メモのテクニック的なモノも紹介されていますが、著書の上阪さんはどちらかというとアナログのメモの方に上記のような効果を得る上でのアドバンテージを感じておられるということもあるのですが、ジイさん相手に話をしているときにパソコンを開いたらジイさんが怒り出すとかそういう意味でも手書きのメリットは未だ多いことを触れられていて、そういうのが感覚的に理解しにくい若い人たちの役に立つところもあるのかも知れません。

 

 メモなんて大した話じゃないでしょ、と思う人も多いかも知れませんが、そういう人こそ、ダマされたと思って一読してもらいたいところです。