アクティブ・ラーニングとは何か/渡部淳

 

 

 2020年度からの新学習指導要領の実施スタートにより、知識偏重の教育から「生きる力」を養うための理解力や応用力の向上を目指す教育の中で注目されているアクティブ・ラーニングの取組の現況を紹介された本です。

 

 著者である渡部さんはアクティブ・ラーニングのプログラムの開発や普及に取組まれているということで、アクティブ・ラーニングの日本での導入の経緯や現況、普及に向けた課題などを語られています。

 

 現在においても、生徒全員が先生の方を向いて、主に先生が生徒に対して教えて、生徒の方は先生に差されて回答する時以外は先生の説明を聞いているというのが一般的な日本における学校での授業でのスタイルだと思うのですが、新指導要領では生徒の自律的な学習を促すということで、欧米で行われていたディスカッションやディベートみたいなモノを取り入れて行ったのが日本でのアクティブ・ラーニングのはしりだったとうことなのですが、どうしてもディスカッションやディベートの習慣が希薄な日本ではなかなか定着しなったようです。

 

 そんな中で、海外の事例を参考にしつつも日本人が受け入れやすいような形でのアクティブ・ラーニングの開発を進められてきたということで、試行錯誤しながらもドラマワークやプレゼンテーションなど様々なフォーマットによる実践をされてきたということです。

 

 その前提となるのが、自律的な事前調査であるリサーチであり、自ら課題や仮設設定をした上で、その証明のための調査を話し合いながら進めていくということで、能動的な姿勢ひいては学習意欲の促進という効果があったということです。

 

 ただ、効果的なアクティブ・ラーニングプログラムの開発はなかなか困難であると同時に、その実施についても教師の資質や負荷に依存するケースが多く、如何にしてそういう体制を整備して行くのかというのが、重要な課題として残っているということです。

 

 ではあるものの、こういう教育の普及が、どうしても受け身になりがちだった日本人の様々な側面での姿勢を改めることにもつながる可能性が高く、日本社会全体の活性化への期待ということもあり、是非とも国家を挙げて普及につなげたいと感じた次第です。

プロ野球の“常識”を疑え!/里崎智也

 

 

 第一回WBC日本代表の正捕手として制覇に貢献したことや、2010年にパリーグの3位から日本シリーズを制覇した「史上最大の下剋上」の立役者にして、そのコトバの生みの親としても知られる里崎智也さんによる野球論です。

 

 「“常識”を疑え!」とありますが、野球というと、未だかなり権威主義的な風潮があるということで、いわゆる大御所が大昔の成功譚を押し付け続けていたりすることが多々あるようで、里崎さん自身、そんな“常識”のすべてを「疑え!」と言っているワケではない、と冒頭でおっしゃっていますが、かなりアヤシげな成功譚を疑いもなく受け入れることには否定的な見解を持たれているようです。

 

 里崎さん自身は、一番影響を受けた指導者として千葉ロッテマリーンズで指導を受けたボビー・バレンタインさんを挙げておられて、その自由闊達な指導スタイルに感銘を受けたことを明かされています。

 

 権威主義的な指導を避けて、各選手が持てる能力を遺憾なく発揮できることを最優先にしたスタイルだったようなのですが、そういうスタイルがそれまでの日本のプロ野球かいに一石を投じたところがあり、未だにその業績が評価されているようですが、それって、かなり日米の社会の差を反映しているような気がしますし、未だにそういう個性を重視するスタイルが主流にならないところは、野球界も日本社会も共通しているような気がします。

 

 正直、ワタクシ自身本格的な野球の競技経験が無いので、里崎さんがこの本の中で例示されている個々の“常識”の疑わしさがホントにどれくらい疑わしいものかを評価する素養はありませんが、里崎さんの説明の明晰さに思わずナットクさせられてしまうところがあります。

 

 最後の章で里崎さんの将来の夢として、球団社長を挙げられていて、理想とするチームの姿を紹介されていますが、そういう個性を重視したスタイルで勝ちまくって、日本社会を変えるくらいのインパクトを及ぼしてくれる日が来ればいいのになぁ…と切に願います。

折れない心/野村忠宏

 

 

 アトランタシドニーアテネ五輪の柔道60Kg以下級で三連覇を成し遂げた野村忠宏さんが、靱帯断裂の大けがの影響もあって北京五輪の代表から落選し、再度ロンドン五輪を目指すべく現役生活を継続されることになった2010年時点で出版された自伝的な著書です。

 

 実はワタクシの現在の居住地は野村さんの出身地で、うちの町内では野村さんは押しも押されぬヒーローだったりします。

 

 ロンドン五輪を目指す過程がドキュメンタリー番組で放送されて、あまりに壮絶な取組が印象的で、相当ストイックな印象があって、3連覇した後の大けがでの北京五輪断念ということで、フツーそこで辞めちゃうでしょ!?と思いますし、それだけ競技人生へのこだわりが強いんだと思いましたが、最初に出場されたアトランタ後は、勢いだけのマグレの金メダルと思われるのがイヤでシドニーでの連覇を志したということですが、シドニー後にアメリカでの生活など1年のブランクがあったように、結構現役生活継続への逡巡があったようです。

 

 アテネ後もそのまま引退という選択肢もあったはずなのですが、結局は”やり切った感”がなく現役を続けられたということで、ケガに苦しみながらも、柔道家としての高みを見られていたようです。

 

 そういう姿勢のベースに、柔道を始めた時のおじいさまの柔道を楽しむという教えがあるようで、現在でも野村さんが柔道を始めた道場でお父様が始動されているということですが、金メダリストを輩出したとか、そういうこととは関係なく、楽しく柔道をされているところが、爽快に感じます。

人生の役に立つ聖書の名言/佐藤優

 

 

 敬虔なクリスチャンとしても知られる”知の怪人”佐藤優さんが選んだ聖書の名言に、佐藤さんの解説がつけられたものとなっています。

 

 個人的には、聖書の名言の教えや教訓を学ぶというよりも、宗教の原典としての聖書にどんなことが書かれてあって、どういう意味合いがあるのだろうかということに興味があって手に取ってみました。

 

 元々、キリスト教ユダヤ教の教えがベースになっていて、ユダヤ教自体がどちらかというと選民思想的な色彩があって、特に下層に属する人たちは信者としてターゲットとなっていなかったようなのですが、キリスト教はそういう人たちも差別なく教えを説いたというところが、世界宗教たる原典と言えるのかも知れません。

 

 イエス・キリストとしては預言者として、どこまでユダヤ教という意識があったのかは分かりませんが、神の意志にできるだけ忠実であろうとしたということで、既存のユダヤ教の権威からすると相当うっとうしい存在だったということで、結局刑死した後に復活するということなのですが、そういう結末を織り込んだ上での布教活動だったということもあり、その思想というのは、おそらく当時はかなりラディカルだったんじゃないかと思えます。

 

 敬虔なキリスト教徒というのは、神の意志に忠実にしていれば、その行動が原因で死んだとしても復活すると信じているので、死を恐れないということで、そういう宗教的な体験のないワタクシからするとその意志の強さは想像の外にあるのですが、2013年に日本人がISに殺害された事件を引き合いに出されていて、共に殺害されることになる後藤健二さんは湯川さんが拉致されたニュースに接した時に、そういう啓示を受けて救出に向かったのではないかと指摘されているのが印象的です。

 

 まあ、そういう尖鋭的なことだけではなくて、あまりキリスト教の教義に通じていないワタクシでも知っていたような名言もアリ、一般的なイメージの慈愛に満ちたキリスト教の教えも含まれているのですが、ちょっとそういうラディカルな側面が意外だったので、偏った紹介になってしまいましたが、そういう尖鋭的な部分って、イスラム教や仏教にも見られるようで、宗教の拡大という意味ではどこか尖った要素が必要なのかな、という気もしました。

ストレスを操るメンタル強化術/DaiGo

 

 

 メンタリストDaiGoさんが教えるメンタル強化術ということです。

 

 まあ、こういう本を手に取ろうとする人って、概ね自分のメンタルに自身が無いことが多いと思いますし、ワタクシもヘタレなんですが、DaiGoさんによるとそういう自分のメンタルの弱さを自覚している人ほど、今後メンタルを武器にしていけるポテンシャルがあるとおっしゃいます。

 

 というのも、メンタルの弱さを自覚している人って、割と自身のストレス耐性が低いと感じていること、失敗や挫折の経験があること、どちらかというと内向的な性格であることが多いという3つの特徴のいくつかを兼ね備えていることが多いということですが、実はこれらがメンタル強化のために重要なんだとおっしゃいます。

 

 そういう特徴を持つ人が、

 

  ・マインドセットを変える→考え方を変えてストレスを力に変換する

  ・記録を取る→失敗や挫折から学びそれを活かしていく

  ・孤独な時間を守る→自分の才能を伸ばす努力に集中する

  ・コア・パーソナル・プロジェクトを見つける

    →本当に好きなことに打ち込み、外向性も手に入れる

  ・瞑想でメンタルの基礎体力を鍛える

    →瞑想により前頭葉を鍛え、メンタルを強くする

 

という5つのエクササイズをして、メンタルの強度を上げることが期待できるということです。

 

 ただやみくもにエクササイズをするんではなくて、自分に取って譲れない大切なモノは何なのかを意識して取組むことが、より効果的に取組めるということです。

 

 やたらと騒ぐことがポジティブなんじゃなくて、静かなる意志というのが意外と一番強いんじゃないか!?ということで、陰キャに見せかけてメンタルは最強!みたいなのがいいかも知れません…(笑)

 

生きづらさに立ち向かう/前川喜平、三浦まり、福島みずほ

 

 

 日本社会の権威主義的な風潮がもたらす「生きづらさ」について、政権に批判的な論客3人が語られた本です。

 

 この本は2019年10月出版ということで、コロナ禍以前に出版されたモノなのですが、特に安倍政権の高圧的な姿勢が、権威主義的な風潮への回帰をもたらしていることを指摘されていて、コロナ禍でイッキに噴出してしまう歪みを予告されているかのような指摘もあります。

 

 それぞれの方の得意分野のこともあって、教育、女性、政治を軸に「生きづらさ」を語られていますが、「一億総活躍」なんてことを言いながら、女性の人権の抑圧に長る様な事をヘーキでしていたり、教育の予算を続々と削っていったりと、かなりご都合主義的なことをやっていて、そんな中で我々は諦めモードになって、どんどんと閉塞感ばかりが増していくような状況になってしまっていたようです。

 

 この本のカバー範囲ではないのですが、コロナ禍への拙劣な対処やオリンピックの開催強行なども相まって、政府の施策のあまりの酷さに不満が噴出して、SNSの普及もアリ、そういった不満も表面化するようになったということは、日本人に取ってよかったことなのかな、とは思いますし、それを秋に見込まれる衆議院議員選挙にキチンと反映していくことを切に願っております…

「空気」を読んでも従わない/鴻上尚史

 

 

 先日、日本社会の生きづらさの原因を「世間」と、そこで生み出される「空気」に求めて解き解した『「空気」と「世間」』を紹介しましたが、この本は、その内容を小学校高学年~高校生くらいをターゲットに内容をアレンジしたモノとなっています。

 

 内容自体は、ほぼほぼ『「空気」と「世間」』と被っており、紹介しているエピソード自体も、まったく同じエピソードが取り上げられているのですが、説明自体がジュニア世代にもよく理解できるように、噛んで含めるように丁寧に説明されていることと、ジュニア世代に馴染みがありそうな例示がより多く盛り込まれているのが特徴です。

 

 『「空気」と「世間」』では、「世間」の呪縛から逃れる方法として、ひとつの「世間」に拘泥せずに、複数の「世間」に属して、自分が心地よいところをベースにするとか、「世間」を突き抜けて「社会」にアクセスするといった感じで、逃げ場を確保することをススメておられて、この本でも同様の主張が展開されていますが、やはりジュニア世代にとって、そこまで視野を広げることの難しさというのも認識されています。

 

 ただそれでも、クラスという「世間」でイジメにあっていたとしたら、部活とか塾といった別の「世間」に居場所を求めるという手段もあるんだよ、ということをおっしゃられていて、難しい立場に追い込まれた「世間」から逃げるヒントを提示されています。

 

 一番重要なメッセージだと思ったのが、それでも逃げ場がない場合に、「本当の友達とは思ってくれない人たちといつも一緒にいる」ことと「一人でお昼を食べたり、教室を移動する」ことの、どっちがイヤが、ということを自問することだとおっしゃっています。

 

 鴻上さん自身、そういう立場に追い込まれて、一人でいることを選んだ経験があるということなのですが、どちらにしてもツラいことは違いはないのですが、選択肢があるという意識が、最悪の状況を回避することになるかも知れませんし、もっと言うと自死を選ぶくらいなら不登校という選択肢を意識する方がずっとマシなはずです。

 

 ついつい日本人は何か追い込まれてしまうと、自分自身に責任を求めてしまう傾向が強いですが、得てして構造的な原因があることが多く、この本に書かれているような背景を理解することで、ちょっと無責任になってもいいいんじゃないかな、と感じます。

 

 何にせよ、そういう追い詰められた状況になっているジュニア世代の人たちには、是非是非、この本を一読してもらいたいと思います。