インテリジェンス武器なき戦争/手嶋龍一、佐藤優

 

 

 先日、手嶋さんと佐藤さんの対談本の最新刊である『菅政権と米中危機』を紹介しましたが、この本は2006年の出版であるお二方の対談の最初期のモノで、おそらく最初のモノであるらしく、かなりお二方のビミョーなハラの探り合いが楽しめますが、最初期から手嶋さんは佐藤さんを”ラスプーチン”とイジり倒しています。

 

 最近はお二方の啓発もあって、かなり”インテリジェンス”というコトバも知られるようになってきましたが、初期のモノだということもあって、最近出版されているその時節柄のトピックにフォーカスしたモノと言うよりも、過去の代表的なインテリジェンスの事例を挙げて、”インテリジェンス”というのはどういうモノなのかというイメージを伝えるという色彩が強いモノになっています。

 

 かつては日本でも、そう遠くない時期まで、それなりに高度なインテリジェンス活動が繰り広げられていることを紹介されていますが、どうしてもアメリカの傘の下、ということで劣化が否めないということで警鐘を鳴らされています。

 

 その中でオモシロかったのが杉原千畝の「命のビザ」の話への言及で、昨今では訓練に反しても多数の人の命を守ったという美談に終始しがちですが、あの事例も外交官としてのインテリジェンス活動の一環だったということで、キレイごとだけで片付かない深みを垣間見させます。

 

 終始、お二方が相手に対して、日本のインテリジェンス活動で意義のある立場での活動を期待する発言をされているのが印象的ですが、その後も続く出版本で対談が深まるにつれ、日本のインテリジェンス活動の現状を見れば見るほど、お互い活動の余地がないことを悟っていくことが感じられて、非常に残念な気がしてなりません。

 

 本来、軍事力が劣る国は高度なインテリジェンス能力を持つべきで、日本もそうであるべきなのに、全くそうなっていないことを憂慮されていますが、この本の出版から15年近く経った今なお、この状況が改善されていないように見えることに戦慄を覚えずにはいられません。