二ホンという病/養老孟司×名越康文

 

 

 養老先生がメディアでコメンテーターをされているのを時折お見掛けする精神科医の名越先生と、明治維新、敗戦を受けても脈々と受け継がれていっている二ホンの宿痾とも言える病巣について語られた本です。

 

 特に対談の時期にコロナ禍があり、マスク警察とか自粛警察といった二ホンの同調圧力が遺憾なく発揮されたのが象徴的ですが、そういったムラ的な息苦しさが全国レベルで繰り広げられているところに、一丸となって目標に突き進んでいるウチはよかったのですが、そういう共通の目標を見失った今、それぞれが足の引っ張り合いになっているようで、この国の閉塞感もナットクできる気がします。

 

 また、この国のメディアの付和雷同さについても言及されており、それも明治維新以降、特に日露戦争後の日比谷焼打ち事件に象徴されるように、メディアの無責任な煽りがその後の二ホンの行く末を誤らせたように、コロナ禍においてもリッパに御用メディアとしての役割を果たした様子を指摘されています。

 

 明治維新、敗戦というガラガラポンを経て、多くの社会的な問題もリセットされたという側面はあるのですが、再三この本で触れられているのが次なるガラガラポンとしての南海トラフ巨大地震で、かなりの確率で実際に起こるようで、半ばそれによる社会的変革を期待されているように受け取れますが、そこで中国の大きな影響下に入りかねないとか、かなり大きな社会変革の可能性を指摘されていますが、それでも二ホン社会の閉塞感というのは払拭されないのですかね…