司馬遼太郎の時代/福間良明

 

 

 社会歴史学の研究者の方が司馬遼太郎が幅広い読者に受入れられた理由を紐解かれた本です。

 

 高度成長期にヒット作を連発し、近年でも映画やドラマの原作として取り上げられることが多い司馬さんで、オジさんを中心に今なお幅広い人気を誇り、ワタクシ自身も数多くの司馬作品に親しんできましたが、その秘訣を語られるとあって手に取った次第です。

 

 著者の福間さんもワタクシとほぼほぼ同世代のようで中学生の頃から司馬作品を読んでこられたとのことですが、司馬作品がこれほどの支持を集めた要因として、3つの大きな要素を挙げられており、

 ・司馬さん自身の「二流」の出自の自認と権威の理不尽への反発に対する共感

 ・高度経済成長期の上昇志向と歴史上の人物の

 ・学歴の高まりに伴う知的欲求への充足に応える「大衆教養」としての要素

といったことが受け入れらたということがあるようです。

 

 やはりかなり時流に乗ったということが大きいようで、経済の成長とともに多くの人が知的欲求の充足に走り、単なる歴史小説を超えた、のちに「司馬史観」と呼ばれるようになる「余談」として語られる本筋の背景ともいえる歴史的な「教養」が高まりつつあった知的欲求をくすぐったという面は凄く理解できる気がします。

 

 また、その際に文庫本の広まりも背景として大きな要素だったようで、割と長めのモノが多い司馬作品が広い層に受け要られた背景として、文庫化の促進は不可欠だったでしょう。

 

 さらに、多くの人が企業でサラリーマンとして働くようになって時代において、権力への葛藤という共感の得やすいテーマが織り込まれたのも要素として欠かせないところだったかもしれません。

 

 『坂の上の雲』以降、歴史学会から取りざたされるようになった「司馬史観」については、ご本人が明確にスタンスを語られていないことから周辺的なことを語るしかないのですが、同時代の歴史小説の作家である海音寺潮五郎山岡荘八といった作家と比較して、「歴史小説」という枠組みからハミ出ているのではないかというのは司馬さん自身にも自覚があったようで、そういう歴史学を感じさせる言及が小説に盛り込まれたこと、のちに『「明治」という国家』や『この国のかたち』といった史論に著作の軸足を移したことも歴史学者の神経を逆なでした部分があるのかもしれません。

 

 いずれにせよ、この本を読んで司馬作品への憧憬を思い出してしまったので、改めて手に取ってみたいところです。