日本人だけがなぜ日本の凄さに気づかないのか/ケント・ギルバート、石平

 

 

 性懲りもなくケントさんの”右翼本”なのですが、今回は中国出身でありながら天安門事件を期に来日し、その後帰化して日本人となった、これまた右寄りの論客として知られる石平さんとの対談本です。

 

 凝りもせずケントさんの本を手に取るのは、日本人の右翼本だと何と言うか、ただただ中韓に向けた憎々しげな感情を叩きつけるだけで、同好の士を除けば得るところが無いどころか害悪ですらあるのですが、ケントさんはやはり外国出身ということで、極右といってもいいほどの論調でありながら、どこか一歩引いた観点を維持していて、日本人にはない論点を提示してくれるところに興味が引かれるのですが、今回は中国出身の石平さんとの対談ということもあって、また興味深い観点が提示されるのではないかと期待します。

 

 石平さんも在中時に反政府的なスタンスを取っていたこともあって、天安門事件後に祖国を見限って来日するといった事情もあって、中国、というよりも共産党政権への失望も含めた現代中国の失望を語られるのですが、日本から見ると儒教を生んだ国だということもあって、古来の風習を懐かしむ人は宗主国的な目を向ける向きもあるかと思うのですが、自分の一族の利益ばかりを重んじるというカタチでの”儒教”は残っているものの、渋沢栄一が『論語と算盤』で説いたような道徳的な側面というのはほぼ完全に形骸化しているということで、それは韓国にしても同様のようです。

 

 ただ、中国にしても韓国にしても、共産党員になろうとするのは科挙を受けようとすることにつながっているとか、サムソンのような貴族階級的なモノを作ってしまうのは両班の伝統が息づいているといった、両国民のコアの部分を紐解くような例示は示唆的で、ただ単にケントさんが一貫して提唱しているWGIPからの脱却というのも、まあ有意義な部分はあるのですが、中韓の根っこみたいなところを知っておくというのも有意義かも知れません。

 

 また、日本のセキュリティのユルさについて指摘されているところも示唆的で、沖縄の反基地運動には左翼的なプロ活動家が参画していて、日本の反スパイ法制がザルであることもあって、そういう活動家の背後に中国がいることは十分考えられることでアリ、それは反中とかそういったレベルのことでは無く、国防というレベルと早急に考えておくべきことなんじゃないかと思えます。

 

 まあ、反中嫌韓本として読んでキモチよくなるのも勝手なんですけどね…