日本の難点/宮台真司

 

 

 昨年、教鞭をとられている東京都立大のキャンパス内で襲撃され大きな話題をまいた社会学者の宮台真司さんの2009年出版の本です。

 

 ずっとこのブログを読んでくれている人は、ワタクシが社会学に懐疑的な想いが拭えないことを察しておられるかもしれませんが、その大きな原因がこの方だったりします。

 

 宮台さんというとやはり1990年代に制服や下着を業者に売ったり、その延長線上で売春に手を染める女子高校生の存在が取りざたされましたが、そういう少女たちの生態を追った『制服少女の選択』が印象的ですが、確かにそのルポというのが一定の意義があったことは確かでしょうし、社会学の世界にとってもフィールドワークを重視した研究スタイルが大きな影響を及ぼしたようですが、その後宮台さんがサブカル的な姿勢をとったかと思えば、シレッと学者然とした顔をするウサン臭さを感じさせながら、そういう宮台さんが社会学の大家として祭り上げられるところに社会学全体のウサン臭さが拭えない、ということも大きいのかな!?と思えます。

 

 この本では2009年時点の日本の社会的な問題ということで、コミュニケーション論、教育論、幸福論、アメリカ論、日本論を学者的な顔をして語られているのですが、アメリカ論や日本論を社会学者に語られるのもどうだろう…というキモチが拭えないところもあるので、あえてスルーして、前の3つについてはフィールドワークをされていたがゆえに傾聴の価値があると思われます。

 

 特に、人間関係にしろ、教育にしろ、例えば身近な人の死を感じる機会が激減していることに象徴されているように、最近の若い世代は圧倒的に感情の揺れの幅が小さくなっているんじゃないかということで、普段経験していない振れ幅に遭遇した時に、対応できないだけでなく、パニクッてしまって極端な行動に走ってしまうんじゃないかということで、連続殺人みたいなことになってしまうのではないかとおっしゃっていることには一定の正当性があるのではないかと感じます。

 

 グチグチとモンクを言いながらも、どこかまだ社会学に期待する部分もあって、今後もこう言った取り上げ方をするんじゃないかと思いますので、懲りずにお付き合いいただけたらと思います…(笑)