小説家のメニュー/開高健

 

小説家のメニュー (中公文庫BIBLIO)

小説家のメニュー (中公文庫BIBLIO)

  • 作者:開高 健
  • 発売日: 2003/08/01
  • メディア: 文庫
 

 

 先日、久しぶりに開高健さんの本を読んで、思い出したように別の本も再読しています。

 

 開高さんと言えば美食家としても有名で、世界中の美味を食べつくしてこられたことで知られますが、この本は開高さんが口にされてきた美味を紹介したエッセイ集となっています。

 

 ”美食家”だからといって、やたらと高級なモノだけがウマいとされているワケではなくて、ごくごく一般的なモノを好まれているところもあり、例えばムール貝などはフレンチでこぎれいにされてものよりも、市場風にシンプルにガッと盛ったモノを好まれているということです。

 

 でも逆に名だたる美食家だけに、いくらおカネを積んでもフツーは食べる機会のないモノも紹介されていて、ベトナムの大富豪が釣りたての石班魚と言う魚を本職はだしの腕で清蒸にされたものを紹介されています。

 

 また、かなりの珍味も数多く紹介されていて、ネズミのフリッタやピラニアの薄造りといった、ちょっと敬遠したくなるようなメニューも偏見なく口にして、プレーンに祖の美味を評価されているところがスゴイところです。

 

 表現者としての開高さんは、モノの形容に言葉を尽くされることでも知られていて、味の形容についても「筆舌に尽くせない」などと言ってしまうことは、表現者としての敗北だとおっしゃられているということで、かなりの言葉を尽くして表現されているのをあちこちで読んでいますが、この本では「…!」「ああ…」というようにほぼ無言状態であることが多く、ホントにウマいモノにコトバは不要なんだということを暗におっしゃられているような気がします。(まあ、もっともその無言状態の後には、ちゃんと贅をつくした言葉でその美味を紹介されているんですけどね!?)

 

 最近ではこういった懐の広いモノってなかなか見かけなくなってしまったなぁ、と思い返させられます。

中田英寿 鼓動/小松成美

 

中田英寿 鼓動 (幻冬舎文庫)

中田英寿 鼓動 (幻冬舎文庫)

  • 作者:小松 成美
  • 発売日: 2000/08/01
  • メディア: 文庫
 

 

 サッカー日本代表がW杯初出場を果たしたフランスW杯最終予選から、セリエA移籍~デビューの時期を中心に元日本代表中田英寿選手を追ったドキュメンタリーです。

 

 文庫本の前書きに中田選手自身が「当時の彼女はまさに僕の「影」のようでした。」との言葉を寄せているように、この時期の中田選手のインサイドストーリーを現場を見るような迫力で描きます。

 

 W杯開幕直前まで、右翼に付け回されたり、ありもしないことを書くメディアにいらだたされたりと、最終予選からW杯出場まで、実はサッカーを辞めようとまで追い詰められている中田選手の実情を追われますが、それよりも日本人サッカー選手で初めて魑魅魍魎の欧州サッカーの移籍マーケットに飛び込んでいく(行かざるを得なかった)様子を追ったところが際立ってスリリングです。

 

 当時、欧州サッカーの移籍マーケットの様子を知る日本人も少なく、またサッカーの移籍ビジネスが唸るほどカネが儲かるモノだということが認識され始めて有象無象のアヤシゲな面々が巣食っていた時期でもあり、現在のように移籍の情報も多くなって、アヤシゲな面々が関われる余地もなくなってきている状況から比べると、ほぼ徒手空拳で乗り込んでいって、海千山千のクラブオーナーたちと立ち回りを演じて、つつがなく移籍を実現した当時のスタッフの奮闘を余すところなく露わにします。

 

 残念ながら十全にその才能を発揮する場を得ないまま若くして引退してしまうことになる中田選手ですが、デビュー戦でのチャンピオンチーム・ユベントスを向こうに回しての2ゴールは永遠に日本サッカー史に残る快挙であり、ドロドロの移籍劇を経ての鮮烈な成果を思うと感慨を禁じ得ません。

知的経験のすすめ/開高健

 

 

 

 コロナ禍によるひきこもりで、読む本の入手に困り、懐かしい本を読み返しているのですが、この本はワタクシが大学生の頃にハマった開高健さんの著書です。

 

 タイトルだけ見ると昨今の自己啓発本のようですが、この頃ハードボイルド系の作家が雑誌で人生相談に応じるというのが各誌で流行ってて、北方健三さんや落合信彦さんが連載されていたのですが、開高さんもそういった流れのうちのおひとりということで、相談系の連載もあったのですが、この本はちょっと自己啓発系の内容を意図して東京新聞での『私の大学』という連載をまとめたものです。

 

 当時開高さんは、その後日本文学大賞を受賞することになる自伝的な小説である『耳の物語』を執筆されていて、この連載は、そのサイドストーリー的なことを書かれています。

 

 “知的経験”をススメていながら、「頭だけの人間はすべてを失うことになる」とおっしゃっておられて、戦中戦後のご自身の体験を通して、本から得る知性だけではなく”経験”によって知性を鍛えていくことで、より”使える”知性を身に付けることにつながることを示唆されています。

 

 その後、開高さんはベトナム戦争の最前線に従軍記者として参加されたり、アマゾン川での釣行をされたりといったことを小説とする“行動派”の作家として名を馳せることになるのですが、この本で紹介されているような行動を通して知性を養うことの重要性を身を以って証明されていくことになります。

 

 この本で紹介されているエピソードの中で、戦時中に釣りをしていたら、いきなり「兵隊さんが最前線で戦っているのに、のんきに釣りをしているとは何事だ!」と釣竿を折られた経験を紹介されていますが、コロナ禍での”自粛警察”が思い起こされて、日本人の全体主義的な思考癖が脈々と受け継がれていることに恐ろしさを感じた次第でした。

紙のライオン/沢木耕太郎

 

紙のライオン (文春文庫)

紙のライオン (文春文庫)

 

  沢木耕太郎さんの初期のエッセイ集として出版された『路上の視野』が『紙のライオン (文春文庫)』『ペーパーナイフ (文春文庫)』『地図を燃やす (文春文庫)』の3冊の文庫本になって出版されたのですが、この本は特に沢木さんが初期の著作における“方法論”について語られた内容が多く収録されているということで、興味深い内容となっています。

 

 沢木さんのデビュー当初、アメリカでは丹念な取材によって細かなシーンを重ねるように情景を表現するようなノンフィクションを著述する”ニュージャーナリズム”の手法による著作が広く提唱されていて、沢木さんは日本における”ニュージャーナリズムの旗手”としてもてはやされていたようです。

 

 ただ、沢木さん自身は、ニュージャーナリズム的な手法をご自身の著作に活用されていたことは認められているものの、そのように扱われることに違和感を感じていたようです。

 

 というのも沢木さん自身はノンフィクションの書き手ではあるものの、ジャーナリスティックな著作はほとんど手掛けることが無く、あくまでもルポライターとしてノンフィクションを手がけられていたというところがあるようです。

 

 ただまるで見ていたかのようにシーンを描くことには憧憬があったようで、そういう意味で丹念な取材を重ね、できるだけそれに近い著作を志向されていたようですが、その志向が強まれば強まるほど、フィクションを書いてしまう誘惑にかられるということで、実際アメリカでピューリッツァー賞を受賞した作品に「フィクション」が含まれていたことで受賞が取り消しになったこともあり、ギリギリの線を追ったストイックな著作をされていたことを伺わせます。

 

 その志向が、やがて自分自身をストーリーの中に投じさせた『一瞬の夏』における”私ノンフィクション”というカタチに結実するワケですが、そこに至る葛藤が赤裸々に語られます。

 

 その後、小説も手がけていくことになる沢木さんですが、この頃にこういうギリギリの葛藤を体験しているからこそ、違和感なく創作の世界に入っていけたのかもなぁ、と感じさせられます。

若き実力者たち/沢木耕太郎

 

 

 沢木耕太郎さんのデビュー作で、先日紹介した『敗れざる者たち/沢木耕太郎』と『

地の漂流者たち (文春文庫 209-3)』で初期3部作をなすうちの1冊です。

 

 この本の初版が出版されたのが1973年で、この本が出版された翌年に、その後『深夜特急』としてまとめられる1年半にも及ぶ旅行に出られる訳ですが、大学卒業後、プロとしての執筆経験なく執筆生活に入られて、3年を置かずにここまで豪華な面々のインタビューをして、1冊の本として出版されるまでになるというのは、沢木さんの並々ならぬ才能を伺わせます。

 

 ただ、デビュー当初の執筆ということもあって、その後の文体とはかなり異なり生硬な感じの文章が多いですが、後年の沢木さんにも共通する、取材相手に入り込む巧みさというのはすでに発揮されていて、特にこの本でのインタビューにおいても自ら明らかにされているように、プロゴルファーの尾崎将司氏や航海家の堀江謙一さんなどの、気難しい取材対象に対しても、臆せず飛び込んでホンネを引き出すスキルには驚嘆を覚えます。

 

 さらには、映画監督の山田洋二氏や、その後世界的な指揮者となる小澤征爾氏など、今から見ると、駆け出しのライターがインタビューをできる相手なのか!?と訝しくなるほどのラインアップですが、そういった面々が若き日に抱えていた葛藤を、現在の成功後の姿を見るにつけ、その当時とはかなり異なるであろう感慨を抱くことができます。

 

 以前、金子達仁さんの『ターニングポイント』が、この本になぞらえられているということについて、ちょっと大げさなんじゃないかと言及しましたが、この本での沢木さんがデビュー当初であり、金子さんがデビュー後すでにそれなりの時間が経過していることもあって、文章表現の巧みさなどは金子さんに軍配が上がると思われますが、インタビューの相手の深奥に飛び込めるスキルと言うのは双方に共通するものなんじゃないかと感じました。

美味礼賛/海老沢泰久

 

美味礼讃 (文春文庫)

美味礼讃 (文春文庫)

 

 

 昨日一昨日に引き続き海老沢さんの著書なのですが、過去2日とは異なり、題材がスポーツとは異なります。

 

 この本を出版された頃、スポーツノンフィクションの印象が強かったようで、この本のテーマである辻調理師専門学校の校長である辻静雄さんの伝記というところで物議があったようで、当時反論めいた内容の寄稿を新聞にされたことが開設の中で紹介されています。

 

 昨日紹介した『監督』では、実在の人物について、著名人と架空の人物とを交わらせるパラレルワールドで、リアリティとストーリー性を両立させる手法を取られていますが、この本でも実在の辻静雄さんとごく近い周辺の人はフィクションとして、実際に親交のあったポール・ボキューズなどの著名な料理人は実名で登場させるという手法を取られています。

 

 ワタクシ自身、関西の出身なんで辻調理師専門学校はモチロン知ってはいたのですが、単に料理を教えている学校としか思っていませんでしたし、本格的なフランス料理を日本に初めて紹介したのが辻さんだというのは知りませんでしたが、それ以前は要職に毛の生えたようなモノしかなかったフランス料理を、ポール・ボキューズを始めとするトップレベルの料理が提供できるようにまでなったのは辻さんの貢献されるところが大きかったということです。

 

 先述の新聞に寄稿したものの中に、広岡監督にしろF1のホンダチームにせよ、自分が心底惹かれた世界だからこそ、作品の題材とするのであり、それだけ辻静雄さんに魅かれたということなんでしょうけど、ワタクシ自身食べることが好きだということを割り引いても500ページ弱の大著を一気に読ませる魅力がありました。

 

 それにしても、この本の食べるものの描写がたまらないんですが、この本に出てくるようなメニューはそうそう食べれる機会があるモンでないのが困ったところです…(笑)

監督/海老沢泰久

 

監督 (文春文庫)

監督 (文春文庫)

 

 

 この本は『Number』とは関係ないのですが、昨日海老沢泰久さんの著書を紹介して、海老沢さんの著書と言えば、個人的にこれを紹介しないワケには行かないでしょ!?ということで再読してみました。

 

 この本は1978年に、当時"お荷物球団"とされていて優勝経験のなかったヤクルトスワローズを”奇跡”の初優勝に導いた広岡達朗監督のチームを下敷きにして書かれた「フィクション」ということで、主役である「広岡達朗」という”架空”の人物が監督を務める「エンゼルス」という”お荷物球団”が初優勝を遂げる直前までを描いたストーリーとなっています。

 

 しかも架空の「広岡達朗」監督が率いる「エンゼルス」のメンバーは1978年当時のスワローズの主力選手である若松選手や大杉選手、大矢選手、松岡投手や安田投手を思わせるキャラで固められ、一部当時のスワローズには存在しなかった外国人エース投手と言う現実とは異なる設定はありますが、そういったメンバーが王選手や堀内投手がいる「巨人」や江本投手がいる「阪神」とペナントを戦うという、現実とフィクションが行き来するパラレルワールドを作り上げられています。

 

 その上、主力の故障やコーチ陣の造反や、実際にはなかったでしょうけど、八百長疑惑や広岡監督の引き抜き工作になど、ジェットコースターに乗っているかのような疾走感とアップダウンで、350ページ以上の著者をイッキに読ませてくれます。

 

 今となっては中古本か、図書館でしか目にすることはないと思いますが、図書館が再開した暁には、野球ファンには是非とも手に取っていただきたい快作です!