ヴェテラン/海老沢泰久

 

ヴェテラン

ヴェテラン

 

 

 ここのところ『Number』にまつわる本を紹介し続けておりますが、『Number』の初期を支えた執筆陣のおひとりとして海老沢泰久さんがいらっしゃいます。

 

 海老沢さんは元々ノンフィクションを中心に小説なども手がけられていた作家さんだったのですが、初期の『Number』にも度々寄稿されており、スポーツライターとして認識されている方も多いかと思いますし、特にF1関連の著書で知られ『F1地上の夢』は名作として知られています。

 

 2009年に惜しまれながらも亡くなられるまで様々なジャンルでの著作をされていた海老沢さんですが、この本は『Number』に連載されいたと思われるプロ野球の”ヴェテラン”選手たちの葛藤を追った本で、当時の『Number』の作風に沿った、サイドストーリーに重きを置いたモノとなっています。

 

 元巨人の西本聖投手や、元広島の高橋慶彦といったトップレベルで活躍した選手が”ヴェテラン”と言われる年代になり、多少力の衰えも意識しつつも、ストイックに競技に取組みながら、それがゆえにチームにとっては多少ウルサイ存在となってしまい、チームでの居場所を無くしていき、トレードでチームを去るといった悲哀を追われています。

 

 当時のプロ野球のトレードというと、どうも懲罰的な色合いが濃かったようで、必ずしも戦力的な観点でなされたものばかりではないということと、実力の世界であるはずのプロ野球でもドロドロした”人事”があったんだなぁということを、当時この本を読んで感じさせられたものです。

 

彼らの神/金子達仁

 

彼らの神 (文春文庫)

彼らの神 (文春文庫)

 

 

 昨日、沢木耕太郎さんのスポーツノンフィクション集である『敗れざる者たち』を紹介して、あくまでもノンフィクションの素材としてスポーツを対象にしているんじゃないか、ということに触れましたが、逆に、ジャーナリズム的な色彩を強く出されているのが金子達仁さんなんじゃないかと感じます。

 

 『決戦前夜』なんかは、フランスW杯の予選の進行に合わせて連載されていたということで、かなりジャーナリズム的な伝え方をされている色彩が強いですが、あくまでもノンフィクションとして受け取れる内容なのですが、『28年目のハーフタイム』の『経験というタマゴ』という章で、日本代表が世界で勝つために必要なこと、というカタチでご自身の持論を展開されているように、単なるノンフィクションから一歩踏み出して、啓蒙的な内容を取り込まれています。

 

 その後も柔道やラグビーの知見をサッカーに取り入れては…といった提唱を含む執筆をされていたこともありますが、この本は、サッカーに限らず日本のスポーツを如何にして強くしていくかということについて、様々なスポーツを様々な観点から強化していくための方法論を探られるといった内容になっています。

 

 この本の元となった原稿は2001年に執筆された連載だということで、金子さんがここで書かれていることが不十分ながらも反映されて、サッカーやラグビーなど一定の成果を上げた競技もでてきていますが、どうしてもセンセイのいうことを大人しく聞く子が評価される学校での教育や、何でもかんでも“お上”が決めたルールベースで規律が成り立つ社会といった要素が、決定的な部分で日本のスポーツの強化を阻害しているんじゃないかと言う、一種絶望的な指摘もあります。

 

 こういう啓蒙的な要素をスポーツノンフィクションに取り入れたというのは、金子さんの功績なのかも知れず、特にサッカーライターを中心にそういう内容の執筆が増えたというのは、金子さんの功績と言えるかもしれません。

敗れざる者たち/沢木耕太郎

 

敗れざる者たち (文春文庫)

敗れざる者たち (文春文庫)

 

 先日『Number ベスト・セレクション 1』を紹介した際に、沢木耕太郎さんが雑誌編集の方向性に大きな影響を与えていたことを紹介しましたが、沢木さんご自身もスポーツを題材としたノンフィクションを数多く手掛けておられますが、この本は沢木さんの初期の3部作と言われる諸作のうちの1冊で、スポーツノンフィクション関連の著作を集めたモノです。

 

 スポーツノンフィクションというとジャーナリズム的な要素を含むものも数多くあり、そのためか結果が重要な要素となることも少なからずあるため、押しなべて“勝者”が素材として取り上げられることが多いと思うのですが、この本は『敗れざる者たち』というタイトルでありながら、『ドランカー<酔いどれ>』と題して、輪島功一が世界タイトルを奪取した軌跡を描いたモノを除けば、その才能に見合った結果を得ることができなかった者の悲哀が全体のトーンとしてあり、沢木さん自身あまり"結果"そのものに価値を見出しているようには見受けられず、スポーツも、あくまでもノンフィクションの素材の一つであると捉えられているように見受けられます。

 

 おそらくスポーツに対するこういう見方というのはかなり新鮮だったと思われ、『Number』創刊号で鮮烈なデビューを果たす山際淳司さんもスポーツライターとしてのデビュー作である『スローカーブを、もう一球』では『江夏の21球』を除けば、知られざる選手たちを取り上げられており、沢木さんの影響を感じさせられます。

 

 特にこの本では、のちに再び沢木さんの代表作の一つともなる『一瞬の夏』で取り上げることとなるカシアス内藤を紹介した『クレイになれなかった男』の、才能を十全に活かそうとしないことへの苛立ちが印象的です。

 

 今となっては、こういうジャーナリズム的な要素を抑えて、ストーリー的な要素を前面に出したスポーツノンフィクションは一つの表現上の手法として一般的になっていますが、スポーツの魅力を十全に紹介する上で、かなり重要な進化だったんだろうなぁ、と今更ながら感じさせられます。

ギブアップ宣言

 えーと、本日は本の紹介ではありません。

 

 2014年9月1日以来5年8ヵ月に渡り、2,067日連続で一日欠かさず読んだ本の紹介をしてまいりましたが、本日とうとう途絶えさせてしまうことになってしまいました。

 

 基本的にこのブログでは1日1冊の紹介と言うカタチを取っていたため、ひと頃は半年以上のバックログを抱えて、特に国際情勢に関する本を紹介する時は、読んだ時と記事をアップする時ではあまりに状況が変わってしまって慌てて内容を見直すこともありまして、少々読書のペースを落としたりもしました。

 

 ただ、昨今のコロナ禍で現時点で在宅勤務が1か月以上にわたり、ワタクシのメインの読書時間である通勤が丸々無くなってしまった上に、環境の激変であまり本を読む意欲も提言したこと、さらには軒並み図書館が閉館となってしまったことで、読むべき本の調達にも困ることとなってしまい、とうとう書き溜めたバックログも尽きてしまい、連続投稿のギブアップ宣言となってしまいました。

 

 いっそのこと、このブログ自体をやめてしまおうかな、とも思ったのですが、元々読んだ本の備忘録という最低限の目的だけ果たせればいいか、ということで読了次第細々のアップしていけばいいか、ということにさせていただきたいと思いますので、悪しからずご了承願います。

 

 これまで、毎日記事アップに縛られて多数冊で構成されるタイトルが紹介しにくかったところもあるのですが、そういう縛りを解いた今、そういう本も紹介していこうかな、とも思っておりますので、長い目で見守っていただければと…

Number ベスト・セレクション 1

 

ナンバーベスト・セレクション 1 (文春文庫PLUS)

ナンバーベスト・セレクション 1 (文春文庫PLUS)

  • 発売日: 2003/04/10
  • メディア: 文庫
 

  先ごろ、記念すべき通算1000号を発刊された『Number』ですが、この本は500号が出版された時期だったか、1998年に出版された『ベスト・セレクション』ということで、創刊号に掲載された、『Number』編集の方向性を決定づけたとも言われる普及の名作『江夏の21球』を始めとした珠玉の13編を集められた本です。

 

 元々、先日紹介した『28年目のハーフタイム』のプロトタイプとなった『叫び』の内容を確認しておこうということで久々に手に取ったのですが、それぞれがオモシロくて、思わず全部読んでしまったし、通算1000号が出たばかりだし、何よりもネタが払底しているということで、改めて紹介することにしました。

 

 『Number』は1980年に第一号が出版されたのですが、元々アメリカの『Sports Irrustrated』誌のような総合スポーツ誌を出版したいということで始められた企画だということなのですが、その企画段階で初代編集長をされていた方が沢木耕太郎さんから、既存のスポーツ記者に依存するのではなく、若手のライターに、当時未開拓であったスポーツノンフィクションの世界を切り開くようにさせては、という提案を受けて、『江夏の21球』を書かれた今は亡き山際淳司さんを始めとする若手ライターを起用したということです。

 

 また、その頃「愛する神は細部に宿りたまう」という、ドイツの美術史家アビ・ワールブルグと言う方の言葉に出合い、スポーツノンフィクションはこうあるべきだということで、編集方針を定められ、まさにその実践と言える『江夏の21球』が生み出されたということのようです。

 

 その後、421号掲載の金子達仁さんによる『叫び』まで、このスタイルの提唱者である沢木耕太郎さん執筆の『普通の一日』などを含み、代表作を10編(プラス、ナンバースポーツのんふぃしょん新人賞受賞作3篇)を並べることで、図らずもスポーツノンフィクションという新しい地平を切り開かれてきた過程を垣間見ることができるようです。

 

 通算1000号に至るまで基本的なスタンスを踏襲して、スポーツノンフィクションの進化に寄与されてきた『Number』でしたが、それは図らずも野球やプロレスといったオヤジ文化だったスポーツ観戦を、若い女性など幅広い層にまで広げたというインパクトもありそうで、日本においてスポーツが文化として定着する大きなチカラになってきたんではないかと、改めて感じさせられました。

秋天の陽炎/金子達仁

 

秋天の陽炎 (文春文庫)

秋天の陽炎 (文春文庫)

 

 3日続けて金子さんのサッカー本ですが、昨日一昨日は五輪やW杯予選というビッグゲームが題材でしたが、この本は、J1昇格がかかっているとはいうものの、1999年のJ2最終戦という比較的地味なゲームが題材です。

 

 この本では大分トリニータがFC東京と昇格を争っていて、勝てば昇格となる試合で、ホームにモンテディオ山形を迎えた試合を紹介されています。

 

 そういう特殊な状況での試合で、それぞれの立場でそれぞれの事情を抱えつつ試合に臨む心情を描かれているのですが、特にその試合の中でいくつかのビミョーな判定をすることになるレフェリーの心情をかなり大きく扱われているのが印象的なのですが、ともすればレフェリーの判断を糾弾するようなカタチになりかねないところを冷静に、できる限りプレーンに描こうとしているところが印象的です。

 

 結果として大分トリニータは昇格を逃すわけですが、金子さんはこの本以前にも、今やJ1リーグ屈指の強豪として2017、2018シーズンには連覇を果たすことになるフロンターレ川崎の昇格を追った『魂の叫び J2聖戦記』も書かれており、かなりJ2からJ1への昇格をめぐる動きを紹介することに熱心に取り組んでおられたようです。

 

 ワタクシ自身はこの本を文庫版で読んでのですが、本編もさることながら付録として金子さんの沢木耕太郎さんとの対談を収録しているのがワタクシにとっての大きなセールスポイントだったりします。

 

 対談の中では、代表作である『28年目のハーフタイム』や『決戦前夜』を含めて、金子さんの著書へのアプローチについて語られているのですが、沢木さんのアプローチをなぞっていると思われるところもあったのが興味的で、2つの著書よりもこの本で、コアなサッカーファン以外にはそれほど興味をそそるとは思えないJ2の試合にフォーカスすることのスポーツライティングとしての意義を重視されているところが印象的です。

 

 この対談の中で、当時は色んな題材を扱いながら結局はサッカーに戻っていくと語られている金子さんですが、最近ではすっかりスポーツライティング自体からも遠ざかられているようですが、いつかまたこの対談での言葉通り、サッカーを題材とした執筆に戻られることを期待しつつ…

決戦前夜/金子達仁

 

決戦前夜―Road to FRANCE

決戦前夜―Road to FRANCE

 

  昨日に引き続き金子さんのサッカー本です。

 

 この本は、フランスW杯のアジア最終予選を中田選手と川口選手からの視点をメインに描いた本なのですが、最終予選自体が土俵際ギリギリまで追い詰められながらも最後の最後に大逆転で出場権を獲得した”ジョホールバルの歓喜”というドラマチックな幕切れとなった、デキすぎたストーリーのため、誰が書いてもそこそこのモノが書けるする向きもあり、知られざるチームの内部崩壊を描いた『28年目のハーフタイム』と比べると一部に否定的な見方もあるようですが、セールス的にも金子さんの代表作であり、そのドラマチックな展開を損なうことなく展開されているのは見事で、久々の再読ですが、W杯出場を決めた岡野選手のゴールデンゴールのシーンを読んでいると、未だにこみあげてくるものがあります。

 

 デキすぎたストーリーがベースにはなっているものの、『28年目のハーフタイム』での内部崩壊の描写にもあったような、”ドーハの悲劇”組と”マイアミの奇跡”組の軋轢や、異例の予選途中での加茂監督の解任の内幕などの葛藤も紹介されており、”デキすぎたストーリー”をさらに”盛って”いる要素もあり、今読み返してみると、やはりこれは当時の金子さんにしか書けないスリリングなモノだと再認識させられます。

 

 それにしても、ここで日本代表がW杯に出場できていなかったとしたら、きっと今日にような成果を上げられていなかっただろうなと思うと、よくぞ踏みとどまってくれたもんだと思わずにはいられません。