真珠湾の代償/福井雄三

 

真珠湾の代償

真珠湾の代償

Amazon

 

 戦前、戦中の松岡洋右重光葵東郷茂徳という歴代の外相に右腕として重用され、太平洋戦争の回避、および終戦に奔走し、ミズーリの船上でポツダム宣言の受諾に立ち会った外交官である加瀬俊一の評伝です。

 

 この本は企業勤務から国際政治学、日本近現代史の研究家に転身された方が書かれたモノで、かなり外交について深く研究されているということもあって、割と見過ごされがちな戦前の日本外交についてフォーカスを当てるという主旨になっているようです。

 

 特に、対米開戦についての責任を問われることの多い松岡洋右について、その誤解について言及されていて、対ソ外交でスターリンを向こうに回して老練な外交手腕を発揮し、日ソ中立条約を締結し、ソ連とドイツの対立を回避し、かつアメリカを牽制して対米戦争を回避しようとしたという指摘をされています。

 

 それに対して、割と歴史上では好意的に受け入れられていると思われる幣原喜重郎の外交手腕について、かなり辛辣な描写をされているのも印象的です。

 

 また、対米戦争中も昭和天皇の意向を受けて絶えず講和に向けた糸口をつかもうとする努力は継続されていたようで、ただそれが沖縄戦の惨禍や原爆投下につながったという側面はあるようですが、脈々と講和に向けた努力が続けられていたことが、現在の日本の状況につながっているという側面もあるようです。

 

 この本のハイライトのひとつとも言えるのがミズーリの艦上における降伏文書の調印に赴くシーンなのですが、使節団を襲撃して降伏を阻止しようとする動きもある緊張感の中、調印後のマッカーサーのコメントにアメリカの懐の広さに日本外交団が感銘を受けるところが印象的です。

 

 博識で文才もあり、胆力も備えていて、戦争が無ければ間違いなく外相となっていたと言われる俊才だであり、歴代の外相にも重用されたということで、対米戦争から敗戦に至る外交的な過程を眺めるのに、もっともふさわしい人物の評伝と言えるのですが、加瀬俊一が起案した文書が天皇を動かして一気に講和へと動いたキッカケとなって事以外、補佐役としての有能さしか感じられないような描き方になっているのが少々残念なところではあります。

 

 どこの国でもそういう側面はあるのかも知れませんが、割と日本人はポピュリズムというか、表面上の動きに単純に反応してしまう傾向が強いような気がして、そういうところにウマく乗っかった軍部の暴走が破滅につながったという側面があり、こういう長期的な視点の下での影の努力というものの重要性をもっともっと強く認識した方がいいんじゃないかという気がします。