2020年新聞は生き残れるか/長谷川幸洋

 

 

 政権中枢にも顔が広く、スルドい予測で知られるジャーナリストの長谷川さんが、新聞を中心とした日本のジャーナリズムについて語られた本です。

 

 安倍政権におけるメディア統制が厳しかったこともあって、昨今メディアの政権への目配りが頻繁に取りざたされますが、長谷川さんによるとそういうメディアの姿勢というモノは今に始まったことではなく、そもそもの仕事のやり方からして政権や官僚の意図したように報道するという構造的な問題があるということです。

 

 というのも、大手メディアを中心として多くの記者は官邸や官庁からの発表や、政治家、官僚への取材を元にした報道を行っており、政治家、官僚との良好な関係を維持することが仕事を進める上での最重要事項となっていることもあって、そういう人たちの神経を逆なでするようなことをするのは、仕事上の不利になり、会社としてもいい顔をしないということもあり、「政権のポチ」になることが出世の王道ということになると、敢えてその反対を行くことのインセンティブは、真実を追うという自己満足だけということになり、多くの人はそういう道を辿ることは無いということになってしまうようです。

 

 西欧諸国においては、ジャーナリズムというのは政権の問題点を糺すという役割を担っており、トランプ政権における大手メディアとの激しい軋轢が記憶に新しい所ですが、日本のメディアにそういった姿勢は求められないということになって、単なる権力の広報機関に過ぎないことになると、そんなメディアに存在価値があるのか!?ということになるワケですが、そういった中での救いがネットメディアを中心とした、あまり権力との結びつきの低いメディアの存在を取り上げられています。

 

 フリージャーナリストで週刊ポスト誌での東日本大震災からの復興予算不正流用に関するスクープで名を馳せた福場ひとみさんが、公開情報をベースに取材対象の官僚とは合わずに電話取材のみにて一大スクープを手にした手法を詳細に紹介されており、新たな(本来あるべき!?)報道の在り方を紹介されています。

 

 ネットの普及により、既存メディアのジャーナリズムに対する不信感は今までになく高まっているのですが、ぬるま湯につかり切った大手メディアにその姿勢を改めようとする気配はなく、タイトルのような長谷川さんの危機感はそれなりの現実感があるような気がするのですが、それに気づかずゆでガエルとなってしまうのでしょうか…