北方領土交渉秘録/東郷和彦

 

 

 ”知の怪人”佐藤優さんの上司としても知られる東郷和彦さんが、ご自身が手掛けられた北方領土返還交渉の過程について語られた本です。

 

 いきなり”知の怪人”佐藤さんが有罪判決を被ることになる『国家の罠』で紹介されている裁判の証人として法廷に立つところから始められていて、ご自身も訴追の可能性があったことを明かされていますが、この本ではそこかしこに佐藤さんが登場し、自ら手を上げて解説まで執筆されています。(笑)

 

 1956年の日ソ共同宣言から北方四島の変換交渉が延々と続けられているワケですが、ソ連~ロシアの頑なな態度に困惑し続けた時期が大半なのですが、すくなくとも歯舞・色丹の2島についてはかなり返還に近づいた瞬間が2度はあったということで、如何にして「鉄の扉」をこじ開けようとして、結局ならなかったのかという課程を、守秘義務ギリギリのところまで迫って語られています。

 

 エリツィンは本気で少なくとも歯舞・色丹の2島は変換した上で平和条約を締結しようとしていたということと、後を引き継いだプーチンも就任当初は2島の返還は義務とまで言っていたことが記録されていたのですが、エリツィンについては体調の問題で早期退任を強いられていたことや、それ以前にエリツィンと絶大な信頼関係にあった橋本龍太郎元首相の退陣やプーチンから相当信頼されていた小渕元首相の急逝など、「それさえなければ…」という不運もあって、返還がならないまま小泉政権となって田中真紀子外相が、こつこつ外務省のロシアンスクールが積み上げてきた返還交渉におけるロシア側との信頼関係を根底からブチ壊しにしてしまい、一時期安倍政権でのプーチンとの信頼関係情勢により、2島返還の可能性が復活したモノの、ロシアのウクライナ侵攻にともなう日本側の制裁により、2島返還すら遥か彼方に消えそうな状況となっています。

 

 そんな中での交渉の要諦を語られていて、当初日本側は、経済的に苦境にあるソ連・ロシアに対して経済協力をチラつかせて返還を迫るというスタンスでしたが、そういう条件闘争的なところにお互いが意地になってしまうという状況になり、東郷さんたちロシアンスクールが相手側との信頼関係の醸成を優先し、相手方と協力して双方にとってメンツが立つような落としどころを探す努力をしたことが交渉の進展につながったということのようです。

 

 東郷さんはあからさまには語られていませんが、佐藤さんの解説ではウラ話として、2島返還のメドが経ちそうな頃に「4島一括返還」をすべきで国後・択捉を捨てるのか!?ということを、外務省の主流であるアメリカンスクール鈴木宗男議員に反発する勢力がメディアに対してリークをして足を引っ張るということも伺えたということで、交渉事というのは内なる敵とも戦う必要があるようで、外交というのは一筋縄ではいかないモンなんだなぁ、と嘆息したくなるようなモノでした。