一昨日紹介した『歴史のミカタ』の中で、『京都ぎらい』の井上章一さんと『武士の家計簿』の磯田道史さんが、国際日本文化研究センターで上司部下の関係だということを紹介しましたが、この本はその国際日本文化研究センターのシンポジウムを元にした本で、『応仁の乱』の呉座勇一や『戦争の日本古代史』の倉本一宏さんもこちらの所属だということで、ちょっとした日本史の書き手のオールスターキャストの一冊となっています。
この本では「戦乱と民衆」ということで、フツーあまり取り上げられることのないであろう、戦乱において民衆がどのように感じ、対応したかということを白村江の戦い、応仁の乱、大坂の陣、禁門の変での事例を通じて紹介されています。
やはり時代が古いモノについては、民衆がどうのこうのという意識が少ないのか、単に古代だから資料が見つけにくいのか、純粋に「民衆」ではなくて、戦闘員である足軽的な立場の人のモノに限られていますが、大坂の陣は当時大坂城下にいたオランダ人が本国に報告した内容などが紹介されているのが興味深い所です。
さすがに禁門の変では資料が多いこともあるかも知れませんし、”古文書探索の鬼”である磯田センセイだからなのか、かなり細かい内容に触れられています。
オモシロいのが、応仁の乱の頃には京都の民衆は逃げ惑ったようなのですが、禁門の変の時は、あまり逃げたりすることが無かったようで、むしろ火事場見学みたいに見に来ていた人が少なくなかったらしく、砲撃が始まってビックリして逃げたという具合だったようです。
その際、会津藩が街を焼き払ったということなのですが、幕府側があまり京都の民衆に配慮しなかったのに対し、薩摩はその後の鎮撫にも力を入れていたようで、そういう所が時代の流れを作った部分があるのかという気がしました。
『歴史のミカタ』でも再三触れられていましたが、教科書に出てくる歴史上の事件や人物は、こういう背景があるからということが国際日本文化研究センターでは共有されているようで、個人的にはこういう史観で歴史を見つめることが、プレーンな見方につながるんじゃないかと思っています。