打者が嫌がる投球論投手が嫌がる打撃論/権藤博、二宮清純

 

 

 以前、スポーツライターの草分けとも言える存在の二宮清純さんが、「権藤、権藤、雨、権藤」のフレーズで知られる伝説の名投手かつ横浜ベイスターズ日本シリーズ制覇時の監督でもある権藤博さんが確立した継投の在り方を引き出した『継投論』を紹介しましたが、今回は投球に限らず、投手もしくは打者としての一流となるための秘訣を紹介された本です。

 

 権藤さんは長らく投手コーチをされていたので、投球論に関してはナットクなのですが、なぜ打撃論!?とギモンはあると思うのですが、数多くの名だたる打者として対戦してきた経験を踏まえれば、こういう打者は大成するということを語る資格は十分ということのようです。

 

 基本的に高校野球大学野球で一定の成果を残した選手しかプロ野球選手には慣れないはずだということを踏まえれば、そのフルイに懸けられた結果、プロとなった選手は一定の資格があるはずだということなのですが、それでも高校時代剛速球や豪打で鳴らした選手であっても一定以上の結果を残すのはカンタンではないというのは周知だと思うのですが、そういう数少ない成果を残すために必要なのは、必ずしも持てる才能やスキルだけではなく、目に見えにくいモノが作用することが多いということを指摘されています。

 

 大谷選手も入団当初、投手として割と打ち込まれることがあったということですが、次第にプロとしての「間」みたいなモノを体得することで次第に打たれることが減って行ったということで、何か説明できない、相手にイヤな想いをさせるような要素を身につけることが重要だということで、先日紹介した二宮さんの『プロ野球人生の選択』で、誰もが理解できるような才能に恵まれなくても生き残っていった選手を紹介されていたように、逆にそういうモノを見に付けて行けば、長く生き残っていく要素になっていくようです。

 

 そういう要素というのは、目に見えにくいだけあって、教えてどうなるというモノでなくて、それぞれの選手が経験を重ねていく中で、試行錯誤して身につけていくしかないようで、そういう意味でも常に考えながら自分のプレーを向上させていくというプロセスが長い目で見て、一番重要な要素になるということのようです。