歴史学の研究者の方が、専門書ほど専門的な知識は必要ないモノの、新書での「入門書」よりもうちょっとツッコんだレベルをターゲットとして執筆された「入門書」です。
「歴史学」というと、以前本郷和人さんが自身の自伝的な著書である『歴史学者という病』でも触れられていたように、歴史学とその研究の成果である歴史にはそれなりの隔たりがあり、歴史が好きだからと言って歴史学を志したとしても、歴史を紡ぎ出すノウハウとしての歴史学に馴染めないということもあり得るようで、あくまでも歴史上の史実を検証する歴史学は「科学」であるということをこの本の冒頭でも強調されています。
そもそも「歴史学」というのは、皇国史観や唯物史観のようにイデオロギーを通して歴史を説くのではなく、文献や遺跡などの検証を通して、史実が何だったのかを確認することが目的なワケですが、その検証プロセスというモノは科学的なアプローチによってなされていくワケで、結局はタイムマシーンかなんかが発明されてその場を目の当たりに出来なければ「史実」は確認できない(増してや、歴史上の人物のココロの中を窺うことはできないともおっしゃられていますが…)ので、結局は仮説と検証を通して、確からしい「史実」を追求するというのがその在り方で、「歴史」の授業のように知識を積み重ねることではないということが、ギャップになってしまうのかもしれません。
そんなノウハウを提示した上で、今日的な問題に対しての「歴史学」的な検証プロセスを経ての将来への展望が提示されているのですが、イマイチ、歴史学的なノウハウをどのように適用した上で、「結論」を紡ぎ出しているのかがよくわからず、あまり「入門」とは言えないと思えるのが多少残念ではありました。
この本の執筆者のお一人に『文系と理系はなぜ分かれたのか』を執筆された隠岐さや香がおられるのが、ある意味象徴的とも思えるのですが、ド文系のように思える歴史学のこれだけの科学的アプローチが必要だということを想うと、よりボーダーレスな思考(そもそも、そういうボーダーが有効なのかという議論は別として…)が必要なんだということを痛感させられます。
