若者殺しの時代/堀井憲一郎

 

 

 以前、『愛と狂瀾のメリークリスマス』を紹介した堀井憲一郎さんが、ご自身の経験を通して、バブル期からバブル崩壊に向かう時期の「若者」を取り巻く状況を追った本です。

 

 冒頭で、「若者であることは得なのか、損なのか。」という問いかけをされていて、得だと迷わず応える人は、最早「若者」ではない、とおっしゃいます。

 

 なぜかというと、そういう人は「若者」だった頃の葛藤を忘れてしまっているからだということです。

 

 その後、「1989年の一杯のかけそば」に始まって、「1983年のクリスマス」「1987年のディズニーランド」と、当時高校生から大学生だったワタクシにとっても、ああそういえば…というネタが並びますが、著者の堀井さんは10歳前後上の世代なので、もっとリアルにこの時代を通り抜けたんだろうなぁ…ということを感じさせます。

 

 それまでの時代は、「若者」は「若者」で「大人」から放って置いてもらえたとおっしゃられていますが、次第にその頃から「若者」が「大人」に食いモノにされるようになり始めた、とおっしゃいます。

 

 「1983年のクリスマス」がその始まりなのかな、と思いますが、それまで家族でのイベントだったモノが、「大人」たちに煽られて、カノジョとのディナーからホテルといったイメージに踊らされ、次第に自我に目覚め始めた若い女の子たちもそれに飛びついた挙句、何かそれに釈然としないモノを感じつつも、ついていかざるを得ない状況にされてしまった人、それを指をくわえて眺めるしかなくなった人に分断されてしまったのを思い返させられます。

 

 この本は2006年の出版なのですが、最後の章で「若者」にこの国が没落していく状況から「逃げろ!」とおっしゃっていますが、それから15年余りが経ち、絵に描いたような日本の「没落」から、大多数の「若者」は逃げることができなくて、「若者」も「大人」なってしまったと思いますが、オトナの一人として、こんな国にしてしまったことへの悔恨と少し責任があったんじゃないかと思わせられる懐かしくも切ないモノでした。